隔靴掻痒の感を免れ得なかった玉木正之氏の連載「アートオブベースボール十選」

去る2月16日(火)から3月1日(月)まで、日本経済新聞の朝刊の「美の十選」欄では、10回にわたり「アートオブベースボール十選」が掲載されました。執筆を担当したのは評論家の玉木正之さんでした。

「美の十選」では毎回話題を定めて特集が組まれていますから、野球が取り上げられたことは意義深いことであるばかりでなく、10回の連載を満足させるだけの野球にまつわる美術品があることを推察させます。

今回の連載では、従来の「美の十選」に比べ、作品そのものの来歴や特徴の分析、あるいは作品の鑑賞が必ずしも十分ではなく、作者についてもほとんど検討が加えられていないという点に特色が認められました。

実際、作者への言及がほとんどないのは他の記事と著しく異なっています。

もちろん、取り上げられた全ての作品の制作者が不明であれば、作者に触れられないとしても不思議ではありません。

しかし、今回は多くの作品で作者が明記されていますから、どのような人物が手掛けた作品であるかを紹介するという、鑑賞に際して重要な側面が等閑視されたことは読者の理解を促進させるという点では物足りなさを覚えざるを得ないところでした。

例えば、第6回で紹介されたBaseball Scene Batter, Catcher and Umpire[1]について、作者のジョセフ・クリスチャン・ライエンデッカーは米国の挿画史、広告史の上で大きな貢献をしただけに、この点にも言及があれば、より奥行きのある鑑賞が可能になったと言えるでしょう。

あるいは、第9回で触れられた大阪タイガースのポスター「大阪タイガース來る」(1936年)の作者を「無名」と記しているます[2]。しかし、実際にはこれまでの研究で早川源一が手掛けたことは明らかとなっており、早川がデザインの分野で果たした貢献の知られていることから、「無名」という表現は必ずしも適切ではありません。

さらに、ローダ・シャーベルのケーシー・ステンゲル像を扱った第5回[3]では、ステンゲルが監督を務めた球団としてニューヨーク・ヤンキースの名前が挙げられているものの、紹介されている作品はニューヨーク・メッツ時代のステンゲルの像だけに、作品の解説としては失当的です。

一方で、野球などの米国生まれの球技が「作戦タイム」を設けてまで試合を中断させるのは、開拓時代に劇場を建てられなかったため演劇や歌劇の代わりにスポーツの中に「ドラマ」を求めたからという説が唱えられているものの[4]、こうした説は野球史の研究において実証的に支持されているものではありません。

いわば珍奇な説があたかも定説であるかのように紹介されることは、読み手に不要な誤解を与えかねないものです。

むしろ、作者であるベン・シャーンについて具体的に検討を加える方が、作品の理解に寄与したと言えます。

以上のように考えれば、今回、玉木氏の隔靴掻痒の感を免れない記事は、「美の十選」欄の趣旨を理解しなかったか、理解していても鑑賞することが出来なかったか、あるいは趣旨を理解し、鑑賞することは出来たとしても企画の枠組みを乗り越えようと挑戦した結果であるかのいずれかとなるでしょう。

それだけに、もし今後「美の十選」欄で同様の企画が行われる際には、作品を中心に据えて鑑賞できる書き手の起用が期待されるところです。

[1]玉木正之, Baseball Scene Batter, Catcher and Umpire. 日本経済新聞, 2021年2月23日朝刊32面.
[2]玉木正之, 大阪タイガース來る. 日本経済新聞, 2021年2月26日朝刊48面.
[3]玉木正之, Rhoda Sherbell 「Casey Stengel」. 日本経済新聞, 2021年2月22日朝刊40面.
[4]玉木正之, ベン・シャーン「National Pastime」. 日本経済新聞, 2021年2月24日朝刊44面.

<Executive Summary>
Mr. Masayuki Tamaki and His Deficient Essays on the Nihon Keizai Shimbun's "Ten Selected Works of Art" (Yusuke Suzumura)

The Nihon Keizai Shimbun run essays written by Mr. Masayuki Tamaki for "Ten Selected Works or Art" in ten times. These essays were deficient, since he could not examine artist's background and work itself.

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