単行本化が期待される辻原登さんの小説『陥穽 陸奥宗光の青春』

昨日、日本経済新聞朝刊の連載小説である辻原登さんの『陥穽 陸奥宗光の青春』が完結しました。

明治時代を代表する外交家として条約改正問題や日清戦争時の三国干渉問題に対応した陸奥宗光の少年時代から青年期に至る時期を中心的に取り上げ、その豊かな才能を坂本龍馬や桂小五郎ら幕末維新期の俊英たちに愛されつつ、その傲岸不遜さゆえに多くの敵を作り、維新後も政府転覆を企てて投獄されるなど、変転極まりない様子を描き出すのが本作です。

特に歴史上の人物としての陸奥の行動に終始付きまとった自己中心的でありながらどことなく卑屈さを感じさせる雰囲気を、父である伊達宗弘が紀州藩の政争に巻き込まれて没落した幼少期の体験に求め、絶えず高みを目指しつつも俗事にどこまでもかかわるという人間的な陸奥のあり様を立体的に作り上げるのが本作の魅力の一つとなっています。

さらに、陸奥の才気煥発ぶりを示す逸話として群を抜く記憶力の良さを挙げたり、鼻持ちならない人柄の一端を示す事例として坂本龍馬の寵愛ぶりを隠さない様子を紹介するのも、類書をはるかにしのぐ迫力を持つものです。

それとともに、明治政府転覆計画の失敗のために投獄されている場面から筆を起こし、物語が幼少期の話に戻ってからも、絶えず獄中での生活の様子と少年期や青年期の逸話へと反復する様子は、作品にある種の暗い翳をもたらします。

そこにあるのは、坂本龍馬の様に維新回天の直前に落命したり、伊藤博文の様に幾多の困難を乗り越えて元勲として新政府の中枢に座るのでもなく、一時は維新の功臣となりながらも政権運営の路線対立から下野を余儀なくされた陸奥の悲運であり、蹉跌でもあります。

こうした起伏に富んだ構成と陸奥自身の魅力に富んだ生涯を史伝風に書き著すことで、本作は透徹した視点から陸奥宗光の生涯を通覧し、それによって陸奥と同じように鬱勃とした志を持ちつつ宿願を果たせなかった多くの若者たちの姿をも析出しています。

その意味で、本作はつかの間の成功とそのあとに襲い来る失敗を繰り返した陸奥宗光の青春時代を通して、幕末維新期の人々のあり様を活写しているのです。

326回という連載回数は短いものの、与えられた回数の中で陸奥の多様な姿を浮き彫りにした本作の一日も早い単行本化が期待されます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Impressions of Noboru Tsujihara's "Kansei: Mutsu Munemitsu's Springtime of Life" (Yusuke Suzumura)

A serial novel "Kansei: Mutsu Munemitsu's Springtime of Life" for the Nihon Keizai Shimbun written by Mr. Noboru Tsujihara concludes on 31st January 2024. It is remarkable novel which describes active figures of Mutsu Munemitsu, who was once a champion of the Meiji Restoration and later was a prisoner.

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