第210回国会における岸田文雄首相の所信表明演説の持つ意味は何か

昨日臨時国会が召集され、岸田文雄首相が衆参両院において所信表明演説を行いました[1]。

演説の中では昨年10月8日に第1次岸田内閣発足から最初の所信表明演説の中で多用された「分配」の表現が削除され、自らの主要な政策とする「新しい資本主義」についても2回登場するのみとなりました。

一方、冒頭において9月27日(火)に行われた安倍晋三元首相の国葬儀に触れ、国民の批判に言及しつつ、各国の弔問客を接遇することが出来たことなど、全体としては成功したという認識を示しました。

また、安倍元首相の急逝を契機に表面化したいわゆる「統一教会問題」についても国民の「厳しい声」に真摯かつ丁寧に向き合うことを誓いました。

昨年10月4日(月)に政権を担当してから満1年を迎え、支持率の低迷に直面する岸田首相としては、自民党最大派閥である安倍派への配慮という側面の強い国葬儀を閣議決定を根拠として半ば強行に近い形で実施した以上、国民の不満や批判を重視する姿勢を示すことは政治的な意味を失兼ねないだけに、今後も問題があったとしても結果として意義深い催事であったという態度を維持し続けると推察されます。

あるいは、「統一教会問題」も、世論の反発が沈静化するまで具体的な判断を先延ばしにすることで安倍派や他の議員に貸しを作ることは、長期的に考えれば政権の基盤を安定させるために不可欠です。今回の演説で国民の声に耳を傾けるとしつつも真相の究明のために徹底した対策を取り、あるいは十分な説明を行うと明言しなかったことは、こうした意図を含むことを示唆します。

それとともに重要なのが、抽象的な表現を排するだけでなく、近年の所信表明演説や施政方針演説において各首相が好んで用いる故事や俚諺を避け、実質的な話題に焦点を絞ったことです。これは、岸田首相が政権運営にゆとりがないことを自覚し、具体的な事項を通して国民に自らの政策を直接訴えかけようとする姿勢を示します。

ただ、成長産業への労働移動を促進するためとして勤労者の学び直しの支援に5年間で1兆円を投資したり、高騰が続く電気代の軽減策などの政策を示したものの、財源と効果を明示できなかったことは、各種の政策の実効性に疑問を抱かせます。

実際、英国で発足したエリザベス・トラス政権では、保守党党首選挙の際にトラス候補が主張し、政権の新たな政策となった経済対策が財源問題などから、市場の不信感がポンドと国債の下落を招き、一部の撤回を余儀なくされています。

現在の日本も、急激に進む円安ドル高への有効な対応策を講じることが出来ず、原料をはじめとする諸物価の高騰に対して賃金の上昇が進まない「悪いインフレ」の局面に入りつつあることから、財源を確保せずに政策を実現することは容易ではありません。

それだけに、今回の演説は、均衡財政論者であるはずの岸田首相がその本分を示しきれず、かろうじて現実主義的な政治に対する姿勢の一端を現したと言えるでしょう。

[1]第二百十回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説. 首相官邸, 2022年10月3日, https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/1003shoshinhyomei.html (2022年10月4日閲覧).

<Executive Summary>
What Is a Meaning of Prime Minister Fumio Kishida's Policy Speech at the 210th Extraordinary Session of the Diet? (Yusuke Suzumura)

On 3rd October 2022, the 210th Extraordinary Session of the Diet starts and Prime Minister Fumio Kishida gave a Policy Speech at the Both Diets. On this occasion we examine a meaning the speech.

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