菅義偉首相が「全集中」すべき問題は何か

11月2日(月)に開催された衆議院予算委員会では、10月になって表面化した日本学術会議の新会員の任命問題についても質疑が行われました。

与野党の議員からの質問に対し、菅義偉首相は、日本学術会議の人選について「ある意味では閉鎖的で既得権益のようになっているのではないか」、「学術会議から推薦された方々を、そのまま任命をするという前例を踏襲するのは今回はやめるべきだという判断をした」と発言しました[1]。

また、日本学術会議の会員の内訳についても、「様な会員を選出すべきだと言われながら、現状は出身や大学に大きな偏りがある。今回、前例踏襲はやめて、結果として、例えば民間人や若い人を増やすことができるようにしたら良いと、私自身が判断した」と述べています[1]。

「規制改革」を政権の重要な政策として掲げる菅首相だけに、日本学術会議の人選についても、「既得権益」、「前例踏襲」といった表現を用いることで、「規制改革の一環として取り組んだ結果である」という姿勢を示そうとしていることは容易に推察されます。

しかし、すでに本欄が縷説するように、日本学術会議の人事が問題となった理由は、日本学術会議が新会員として推薦した105名のうち6名が任命されなかったことが過去の政府による国会答弁の内容に一致せず、「総合的、俯瞰的」や「前例踏襲」といった判断の基準が日本学術会議法の規定から逸脱している点に求められます[3]。

この日の菅首相の答弁では、根拠法に規定のない基準による任命拒否と法律の解釈の変更という日本学術会議の人事に関する問題が、「既得権益」や「会員の出身大学や所属大学」といった話題として取り扱われています。

こうした答弁は、一度は決定された事項を取り消したり何らかの譲歩をすれば、党内の基盤が必ずしも強固ではない菅首相の求心力が低下しかねないだけに、判断の根拠が薄弱であることを知りつつ、弱論を強弁していることを示唆します。

また、人事で官僚を束ねた官房長官時代の体験[4]から、今回も新会員の任命を通して日本学術会議への関与を強めようとしていることも、ありうべき選択肢と言えます。

しかしながら、菅内閣が行うべきは、主たる政策として掲げたいわゆるデジタル庁の創設に向け、内閣府、総務省、経済産業省など関係省庁からデジタル庁が所管する分野を分離し、新庁に集約するといったより多くの政治的な体力を要する取り組みです[3]。

それにもかかわらず、本来であれば問題にすべき事項ではない日本学術会議の人選を政治問題化させるのは政権の運営という点からは賢明ではなく、いたずらに国民の信頼と政策の妥当性を損なう措置です。

それだけに、菅義偉首相は一刻も早く事柄の理非を弁え、政治的な資源を投じるべき事柄に集中することが求められるのです。

[1]衆院予算委 詳報. 毎日新聞, 2020年11月3日朝刊5面.
[2]第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説. 首相官邸, 2020年10月26日, https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html (2020年11月4日閲覧).
[3]鈴村裕輔, 「発足1か月を経た菅内閣」にわれわれは何を望むか. 2020年10月17日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/60fbf9e597dffde6620ea39752ffed5b?frame_id=435622 (2020年10月22日閲覧).
[4]苦労人 国政の主役. 読売新聞, 2020年9月15日朝刊37面.

<Executive Summary>
What Is an Important Attitude for Prime Minister Yoshihide Suga to Maintain the Government? (Yusuke Suzumura)

Prime Minister Yoshihide Suga said that the Government's attitude against the "Japan Science Council Issue" was correct and there is no need to change the decision at the Budget Committee of the lower house of the Diet on 2nd November 2020. It might be somewhat curious statement for us, since he does not do what he has to do but do what he does not to do.

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