【書評】古田元夫『東南アジア史10講』(岩波書店、2021年)

去る6月18日、古田元夫先生のご新著『東南アジア史10講』(岩波書店、2021年)が刊行されました。

本書は青銅器時代から現在に至るまでの東南アジアを対象に、地域の地理的、文化的、政治的、宗教的な特徴と変化を時代の推移とともに概説します。

人種的には南方系のモンゴロイドに属する人々を中心とするものの、言語や宗教の面で多様で、あるいみで「まとまりのない」(本書5頁)を結ぶ共通性として稲作農業と海域に形成された交易網を挙げる本書が描くのは、陸域に基盤を置く国家と海域を中心とする国家の盛衰です。

紀元前からの中国歴代王朝の影響や、7世紀のイスラム教成立後のインド洋におけるムスリム商人の活動、さらに16世紀以降本格化するポルトガル、スペイン、日本、オランダやイギリスといった新たな外来商人の活躍の様子からは、インド洋と太平洋を結ぶ地理的な特性が東南アジア地域に交易網の中心の地位を与えるとともに、その後の欧米諸国による植民地支配の加速をもたらしたことがよく分かります。

特に植民地支配の進展からナショナリズムの勃興を経て、第二次世界大戦とその後の東南アジア諸国の独立、そして東西冷戦への主体的な対応を取り扱う第5講から第8講までは、それまでの東南アジアの歴史とその後の現在までの過程を知るためにも重要な箇所です。

そして、こうした本書の記述を支えるのは、日本を含む周辺の大国や欧米の勢力からではなく、東南アジア各地のその時々の状況に対する徹底した分析から出発する視点です。

一見すると冷徹にも思われる本書の視線は、むしろ各時代の東南アジア地域が置かれた様子を明らかに描き出し、説得力を持って読者に迫ります。

2021年4月の様子までを収めた本書は、最新の話題を専門家が平易に解き明かすという新書の特色を遺憾なく発揮しています。

それだけに、『東南アジア史10講』は、今後日本にとっても国際社会にとってもますます重要度を増す東南アジア地域のこれまでとこれからを知るためにも、必読の一冊と言えるでしょう。

<Executive Summary>
Book Review: Motoo Furuta's "The Ten Lectures of History of Southeast Asia" (Yusuke Suzumura)

Professor Emeritus Dr. Motoo Furuta published a book titled The Ten Lectures of History of Southeast Asia from Iwanami Shoten on 18th June 2021.

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