関与し順応する動的な知性
リクルーティングメディアで大企業の方が、「ウチに欲しいのは頭で無く地頭が良い子」と言っているのをよく見る。これを読むたびに「地頭」を定義しないと、現場の採用スペックに落とせないのでは、面接官に俺の地頭論が横行すると大変だなと思う。これが、もう少しやんちゃな会社になると、「Book Smartじゃなくて、Street Smartなのがいい」という様な表現になる。こっちの方が直感的な理解はしやすいが、ストリートから麻薬の売人のトップパフォーマーを集めてきたら、自社の商品も爆発的に売ってくれて皆ハッピー&ピース、等と人事部が文字通り解釈してしまうと困った事になるので、採用スペックにするには、もう少し噛み砕いた定義が必要である。要は、知性に「地」とか「Street」とか付けて、区別する意味合いである。
さて、年の後半から年始の休みにかけて、企業カルチャーやピープルアナリティクスに関する本を立て続けに数冊読んだ。その中で、問題を解くのが得意で、データを読み取るのが速かったり、会計や法務の仔細に詳しかったり、論理性が高かったりといった「頭の良さ」「Book Smart」的な知性とは異なる、別種の地頭的な知性について、それぞれの本が共通して重要だと説明していたので、取り上げておく。
"金融、とくに投資は新しい情報や人や状況にすばやく順応しなければならない動的な世界だ。会話という限られた範囲内で繋がりを持ち、積極的に関わり、方向を変える能力を示さない志望者は、おそらくブラックストーンでうまくやっていけない"
スティーブ・シュワルツマン著(2020)「ブラックストーン・ウェイ」
"市場が変化した。「C++」でなく「JAVA」が主流になったのだ。会社が存続する為には、変わる必要があった。しかし新しい発想や速く変化する事より、プロセスに従うことが得意な人材を選び、そのような職場環境を整えてきたために、変化に適応する事が出来なかった"
"次に創業したネットフリックスでは、ミスを防ぎ、ルールに従うことより、柔軟性や自由やイノベーションを重視したいと考えた"
リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー著(2020)「NO RULES」
"「グーグル的であること」私たちが欲しいのはグーグルで成功する人材だ。これはきちんと定義された枠組みではないが、以下のような属性を含んでいる ~中略~ 曖昧さを楽しむ余裕がある(事業がどう進展するかは分からないため、グーグルの舵取りをするには社内で多くの曖昧さと向きわなければならない)"
ラズロ・ボック著(2015)「WORK RULES!」
"トップ「5%社員」は、横の広がりがある幅広い知識と知見をもつことを、95%の一般社員は縦の専門性の追求を望んでいるのです。「5%社員」は、変化の激しい中で対応力を高めていくには、1つのスキルや技術に固執することなく、より多様な能力を身に付けていった方が市場価値が高まると思っています ~中略~ こういった傾向からすると、単に過去の職歴や経験を重視した中途採用の募集を行うのではなく、その人が持っている変化対応力や、スキルの多様性などを見ていったほうが結果的には優秀な人材が獲得できます。"
越川慎司著(2020)「AI分析でわかったトップ5%社員の習慣」
PEファンドからビッグテック、あるいはクライアント25社1.8万人のデータなど、語る対象の業界は多様だが、共通に市場変化への対応力や順応性・環境に働きかける力が、社員の資質として重要視されている。これを、"Adaptability & Involvement" とまとめれば、組織カルチャーのデニソンモデルの左側になる。デニソンモデルは、元ユニゾンの慎さんのモデル本のタイポでは無く、IMDビジネススクールのDr. Daniel Denisonがまとめた、組織カルチャーと企業業績の関連性を総合的に分析したクラシックなモデルで、日本語情報が殆ど無いのが特徴であり、僕は組織を分析する時のフレームワークとして、マッキンゼーの7Sより好きである。
デニソンモデルの右側は、方向性や一貫性、計画性の様な静的な安定した要素であり、左側が順応力や働きかけ、当事者性の様な柔軟で動的な要素である。日本においてこの動的な要素は、知性というより行動特性(コンピテンシー)として捉えられてきた感があるが、考えれば考える程、行動特性というより知性の発現のパターンと考えた方がしっくり来るし、冒頭で触れた、問題を解くのが得意で、データを読み取るのが速かったり、会計や法務の仔細に詳しかったり、論理性が高かったりという「静的な知性」とは明らかに異なる因子であり、静的な知性が溢れる行動力と魔融合して、異業種交流会で無双する人とも明らかに違う概念なので、「関与し順応する動的な知性」とでも、この因子を表現しておく。なお、リクルート社の方が「ATI=圧倒的当事者意識を持て」と良く表現するが、これも同様に、環境に関与し、順応し、変えていく動的な知性の性質を示していると思われ、日本最大の人材サービス企業でもある同社に、ATIは知性の一種なのか、行動特性なのかは分類して頂きたい所である。
さて、この動的な知性は、静的な知性と比較してどちらが仕事に役に立つかという話でなく、個人の中のバランスだったり組織としてのポートフォリオだったりのイシューだと僕は思っている。一方で、これまでの日本の組織の採用プロセスは、地頭が良い人が欲しいと表明しつつ、実際には学歴や適性検査、知識や事前準備で対応できる面接など、静的な知性を見るプロセスにかなりの重きを置いて設計し、面接の場で当意即妙な話で盛り上がった候補者を「地頭が良い」と判断して、設計された評価基準を脇に置いて採用していたのでは無いだろうか。これだとターゲットしての採用や、その採用の事後の成果アナリティクスは困難である。
Street Smartさにはある程度の知性が必要な一方で、経験的には属性に拠らず出現する事と、金槌を持った人は何でも釘の様に扱って叩く、要は静的な知性が高まるとそちらを使いたくなる事を踏まえると、動的な知性は、おそらく大卒位で足切りした母集団では、入試偏差値などの認知的能力を代理する指標と、ごく緩やかな相関でばらつきの多い分布になると見ている。また、属性データから動的な知性の高さを見分けられるのは、業務の違う2社で活躍したか程度に止まり、どうにも精度が低そうな指標であるし、一般的な面接では、単に話が上手い人との区別がそう簡単では無い。これらを考慮すると、動的な知性に優れた人を見分けて採用スペックとして考慮するには、構造化された採用プロセスを設計する必要がありそうだ。それは安定した環境で立てた計画を、社内の関係特殊スキルが高いメンバーで、一貫性を持って遂行できるこれまでの事業環境が激変している事に対応した、採用責任者の「関与し順応する動的な知性」の水準が問われる仕事である。