クリティカルプロトタイピング試論

筆者は、これまで専門学校や自ら立ち上げたエンジニアを養成する教育機関、大学または企業で、プロトタイプ作品のアイディエーションと開発(電子工作やプログラミング等)のワークショップ(デザイン思考をベースとしている)を実施してきた。
制作してきたプロトタイプ作品は、作品展示会の場を作って、来場者に作品を見せながら制作した意図を伝えてきた。

これまでワークショップの受講者の制作物を「プロトタイプ作品」と呼んできた。
「プロトタイプ」という言葉を辞書で調べてみると、下記のように出てくる。

プロトタイプ(prototype)とは、新製品やシステムの開発過程において、設計の妥当性を確認するために製作される試作品のことである。製品の形状、機能、性能を具体的に示すことで、製品の特性を理解しやすくするとともに、製品開発の過程で発生する問題点を早期に発見し、改善するための手がかりを提供する。プロトタイプは、製品の完成形に近い形で製作されることが一般的である。また、プロトタイプは、製品の市場性を確認するためのツールとしても利用されることがある。例えば、消費者の反応を見るために、製品のプロトタイプを展示会や試用会で公開することが行われる。

実用日本語表現辞書

プロトタイプとは製品の前段階の位置づけである(Protoとは、ギリシャ語で「最初の」や「第一の」を表す「protos」からきている)。つまり、製品化することを前提にして、その前に意見を得て改修するために作るものということになる。
しかし、これまで受講者(特に学生)が作ってきたプロトタイプ作品は製品化を前提にしたものではない。それは学生がビジネスに興味を持っていないとか、ビジネス化するための資金力やコネクションがないという理由だけではない。
これまで制作してきたプロトタイプ作品は、各々のテーマとなっている課題を解決するためのものだが、その過程でオルタナティブな世界観を構築しているとも言える。その中で、作品はそのコンセプトを発信するための装置であり、その世界観を伝える媒介として機能する位置づけのものが多いのではないかと考えた。
本稿では、これまで「プロトタイプ(作品)」と呼んできた制作物を、オルタナティブな世界観(コンセプト)を提示するものとして、新たに「コンセプトタイプ(作品)」と呼ぶ試論を展開してみたい。


プロトタイピングメソッド

なぜ、これまで制作物を「プロトタイプ作品」と呼んでいたのか。
それは、筆者が所属していた情報科学芸術大学院大学(通称:IAMAS)で考案されたラピッドプロトタイピング手法(ベースにはデザイン思考がある)の一種「プロトタイピングメソッド」を改良したプロセスを、ワークショップ内で採用してきたことに由来する。

1.リサーチ
テーマに合った製品・サービスをネット上から検索してシートにまとめる
リサーチ共有しながら聞き手が重要だと思った言葉をキーワードとして付箋に書いてシートに貼っていく

2.アイデアスケッチ
リサーチ時のキーワードを組み合わせて、スケッチ形式でアイデアを描く

3.ペーパープロトタイプ
アプリの場合はワイヤーフレームを検討したり、プロダクトの場合はサイズを決めるために厚紙で箱を作り実寸サイズを検討したりする(静的なデザイン(UI)の検討)

4.ビデオスケッチ
どのようにユーザは使うのかを絵コンテを考え動画に撮って検討する(動的なデザイン(UX)の検討)

5.制作
プログラミングや電子工作を組み合わせて、アプリやプロダクトを制作する。

6.展示
制作物を展示してより多くの人に体験してもらって、ユーザの意見を得る

プロトタイピングメソッド(筆者が実施しているバージョン)

このメソッドは「1.リサーチ」から順にフェーズを進めていき「6.展示」の後、ユーザフィードバックをもとに、また最初の「1.リサーチ」の段階に戻り、上記の6段階を何度も繰り返して、ユーザ視点で制作物の完成度を高めていくことを目的にしている。
最初の完成度が低かったとしても、繰り返しユーザに触れて意見をもらうことで、正しい答え(仮説または目的に対するゴール)に到達するという考え方だ。

ただし、過去の学生を取り組みを見ていると、フェーズを繰り返し回すことが難しいことがわかってきた。その理由として、これまで学生が作ってきた制作物の本質が、(広義での)デザイン(形状や画面設計、プログラム)による機能の向上よりも、コンセプトの伝達に重きを置かれているのではないかという仮説を立てた。
ユーザビリティ向上を目的としている場合、ユーザ意見をいかに取り入れて、デザイン(もしくは機能)に反映するかが重要になるが、コンセプトの伝達を目的としている場合、展示を通じてコンセプトが来場者に伝わったかが重要であり、全く伝わらなかった場合を除き、コンセプトを少しでも伝えることができれば、制作者と体験者の間で提示したコンセプトに対する議論を行うことができる。
コンセプトの伝達においては、前述した正しい答えというものは存在しない。そのため、フェーズを繰り返し実行できない現象が発生する。

作品事例

ここで過去の学生が制作した「プロトタイプ作品」を3つ紹介する。

Make It Visible(佐藤 宏樹)

Make It Visible

本システムは、作品制作の過程を可視化するための仕組みの提案です。
制作中の状態を専用デバイスで撮影することで、途中段階をアーカイブとして記録することができます。
従来の作品展示では完成形しか鑑賞することができませんでしたが、その制作段階における試行錯誤も価値があることと捉え、完成した作品と同時に過程も鑑賞できるという新たな展示スタイルを提案します。

「Make It Visible」作品概要

逆展(青木 聖)

逆展

展示会は、作品を体験して制作者から説明を受けられる貴重な場です。その中で、鑑賞者は、様々な想いや視点を持って、作品を鑑賞します。
本作品は、鑑賞者に自身の鑑賞スタイルを自覚させ、自分が体験した作品や展示会に対し、新たな視点を提案します。
鑑賞者は、ビーコンが装着された名札を会場入口で受け取り、展示を見てまわります。展示者は、鑑賞者の作品への接し方、感想から評価を行います。会場出口では、各作品の体験時間や鑑賞者の志向性を分類分けして表示し、同じ鑑賞スタイルの人が、よく体験していた作品名を同時に提示します。

「逆展」作品概要

言無(ことな)

言無(ことな)

異国の言語で話すVtuberが人気になるケースが増えています。
話している内容はわからないが、仕草や活動内容だけを評価して、閲覧者は「かわいい」「かっこいい」とコメントします。
エンターテイメントな活動において、言語が伝わらなくても楽しめるということに気づきました。本作品は、「この世にない言語で喋るVtuber」を作ることで、言語というアドバンテージをなくして、誰でも平等に楽しめるVtuberを目指しました。

「言無(ことな)」作品概要

「Make It Visible」は、制作途中の試行錯誤によって削ぎ落とされた機能やデザインを完成品とともに展示することで、完成品に表れない制作の苦労を共有したいという試み。「逆展」は、展示者だけが評価されるのではなく、体験者の鑑賞行為も評価されてほしいという試み。「言無(ことな)」は、この世に存在しない言語を話すVtuberを作ることで、言語の障壁をなくし、誰でも平等に推すことができるのではないかという試み。

どの作品も、制作者個人の経験を発信点として問題提起を行っているが、その問題に対して直接的な解決手段ではなく、新たなコンセプトの提案を行っている。

アートとクリティカルデザイン

一般的にアートは「問題提起」、デザインは「問題解決」と言われている。
そのため、既存環境に対する疑問やオルタナティブな世界観を提示するのは、本来アートの役割である。しかし、一部のアートは長い歴史の中で美術館の中に隔離され、アートの文脈の中で高度な表現を獲得していった結果、鑑賞者に高いリテラシーを求めるようになった。

一方で、デザイン側は、1999年にデザインの手法で問題提起を行う「クリティカルデザイン」を提唱する動きが現れた。

Critical Design uses speculative design proposals to challenge narrow assumptions, preconceptions and givens about the role products play in everyday life. It is more of an attitude than anything else, a position rather than a method. There are many people doing this who have never heard of the term critical design and who have their own way of describing what they do. Naming it Critical Design is simply a useful way of making this activity more visible and subject to discussion and debate.

Its opposite is affirmative design: design that reinforces the status quo.

クリティカル・デザインは、日常生活において製品が果たす役割について、狭い仮定や先入観、常識に挑戦するために、思索的なデザイン提案を用いる。クリティカル・デザインは、方法というよりむしろ態度であり、立場である。クリティカル・デザインという言葉を聞いたことがなく、自分たちのやっていることを自分なりの表現方法で表現している人たちもたくさんいる。クリティカル・デザインと名付けることは、この活動をより可視化し、議論や討論の対象とするための便利な方法にすぎない。

その対極にあるのが肯定的デザイン、つまり現状を強化するデザインである。

提唱者「アンソニー・ダン」Webサイトより引用(翻訳はDeepLによる)

上記にもあるようにクリティカルデザインは、一般的なデザイン手法への懐疑的な立場をデザインによって表明したものでデザインの新たな手法ではない。
ただし、生活者から遠ざかってしまったアートの表現手法よりも、デザインの表現手法のほうが、日常にあふれるデザインされたプロダクトやサービスの延長として多くの人に問題提起やコンセプトを伝えやすいのではないかと考える。

前章で挙げた学生の作品は、現状の問題を解決しようとしつつも、同時にコンセプトによって別の価値観を提起し、展示会の場で体験者との議論を発生させていることから、アートやクリティカルデザインの機能を果たしているといえる。

では、なぜデザイン思考の一瞬であるプロトタイピングメソッドを用いながら、このような作品が作られることに至ったのかを、次章にて考察したい。

鳥の目、魚の目、虫の目

物事の見方として、「鳥の目」「魚の目」「虫の目」という言葉がある。

鳥の目
全体を俯瞰して客観的に捉える

魚の目
全体の流れを把握する

虫の目
現場における個々の問題点を把握する

3つの視点の例として「朝起きられない」という問題についてのソリューションを考えてみる。
まず、多くの人が思いつくのが虫の目の「確実に起きられる目覚まし時計があれば良いのでは?」という問題解決である。
次に、その問題が発生する前後を見るのが、魚の目の「夜早く寝れば良いのでは?」という問題解決である。
さらに物事の全体を俯瞰すると、鳥の目の「生活リズムが安定すれば良いのでは?」という問題解決に行き着く。

課題「朝起きられない」に対する3つの視点のスライド

ワークショップに採用している「プロトタイピングメソッド」は、ラピッドプロトタイピングを前提にしているため、素早くプロトタイプを制作することを目指すものだ。筆者のワークショップでは、アイディエーションから制作までを平均1ヶ月の期間で実施する。
虫の目で提案されるような直接的な課題解決案は、誰もが提案できてわかりやすい反面、実際に実現にするには高い技術力による研究開発が必要だったり、長い検証が必要だったりすることが多い。短い期間と学生の開発力(技術力や資金等の総合的な力)では、そのような問題を解決するのは難しい。

そのため、学生は必然的に鳥の目や魚の目で解決策を考える必要があり、それがオルタナティブな価値観を想定したコンセプト重視の作品を生み出しているのではないかと考察する。

このようなアイデア発想過程は「仮想状況設定法」に似ている。

デザイン対象について、現状と大きくかけ離れた仮想状況を想定し、それらを現実的な解に落とし込むことで、マルチタイムスケールなアイデアを発想するための手法

STEP0
予めデザイン対象を設定し、それを取り巻く社会や生活様式における変化を把握しておく。

STEP1
実際の状況と大きく隔てられた仮想状況を設定する。ここでの仮想状況は、社会や生活様式における変化を増幅して取り入れたものにする。

STEP2
STEP1で設定した仮想状況を前提として、デザイン対象の課題解決のためのアイデアを発想する。

STEP3
STEP2で発想したアイデアを、実際(現状)の状況においた時どうなるか検討する。

デザイン手法データベースより引用

また、本稿では取り上げないが、「クリティカルデザイン」から派生した「デザインフィクション」についても、関連性について今後の考察が必要と考えている。

エピソード(物語)駆動

学生がアイデアスケッチをチームで共有する際に、自身のエピソードを話してからスケッチを見せるという文化が数年前から生まれている(バラエティー番組でお笑い芸人がフリップに書いた文字を見せる前の前振りに似ている)。

(アイデアスケッチを伏せた状態で)
学生「〇〇ってことが自分の身の回りで良くあるんですが…(中略)…それを解決するために、こういったものを考えました」
(アイデアスケッチをメンバーに見せる)

学生がアイデアスケッチを共有するときの流れ

問題意識を学生のエピソードから持ってくることによって、制作物の背景に物語が発生する。クリティカルデザインにおいても、問題提起の伝達のためには物語(ストーリー性)が大事という指摘がある。
これにより提案内容(コンセプト)が突飛であっても、体験者に受け入れられやすくなる。これは、前述のアートよりもデザインが生活者に受け入れやすい現代の状況と合わせて、コンセプトの伝達性を向上させる重要な要素である。

また、ストーリー性を持たせる手法にペルソナがあるが、学生の経験値では、自分自身と離れた様々な人物属性をシミュレートできないという問題があるため、表面的な問題意識になってしまい、オルタナティブな世界観の構築までできずに、本稿で述べているような性質の制作物には至らなかった。

まとめ

以上、筆者がこれまで実施してきたワークショップで制作された制作物について、「プロトタイプ」と呼ぶことに対する違和感を述べてきた。後述のように、展示会において来場者の鑑賞に補助線を与えるために、近年では学生の制作物を「プロトタイプ」ではなく「コンセプトタイプ(Concept-type)」と呼んでいる。
「コンセプトモデル」と「プロトタイプ」の中間のイメージで名付けたのだが、どのような制作物が「コンセプトタイプ」となり得るのか必要要件を今後検討していきたいと思う。

これまでの展示会で来場者から作品のバリエーションが豊富という意見をいただいてきた。
それは、上述のように学生個々人の問題意識から制作を行なっていることにも起因しているが、そもそも作品の立ち位置が機能を見せるものではなくアート作品のような問題提起かつコンセプトの伝達に重きを置いているために、作品の扱っている解決案のスケール(もしくは解像度と呼んでも良い)が異なる。
来場者は作品ごとに、そのスケールに合わせて鑑賞ポイントの焦点を合わせる必要がある。それがバリエーションという言葉に表れている可能性がある。ただし、このようなばらつきは慣れていない来場者には、ピントを合わせるための「レンズ」のような補助具が必要になってくる。
これを書いている時点で、まだ「レンズ」となるような提案はない。
ただ、作ってきた作品の性質を特定することが何らかの手がかりになると考えている。

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