はじめに。

何処ぞの馬の骨かもわからぬ奴の自伝を誰が読みたいと思うのだろうか。私ならまず読まない。お金を払ってまで読む価値はあるのだろか。私にもわからない。

約三年前、大手出版社から自伝を書くお話を頂いた。歴史あるホテルに呼ばれ出版社の方がわざわざ話を聞きに来てくれたのだ。私はこの頃、自分の人生で一冊は自伝本を書いてみたいと思っていた。現在三十二歳で約十年芸能界という場所でなんとか這いつくばって生きている。そんな私が自伝を書くにあたって自分の過去を振り返った時、何も誇れる事がない。むしろ反省ばかりの人生だった。どうしようもない人生。それをわざわざ人様に伝えるとはご先祖様もきっとお怒りであろう。それでも書きたいという気持ちはあったが、勇気がなかった。書くと言う事は過去の自分ともう一度向き合わなければいけない。それはきっと辛い事でもあり、私の過去は何度も言うように人様に誇れる事や胸を張ってこの自伝を読見終わった後に「人生変わりました」など言ってもらえる作品にはならないだろう。自分が辛いのであれば小説という形で出版しようかという話にもなったが、それがまた億劫な話で、小説を書くとなるとまず私には文才がない。本を読む事は好きだが書いた事が一度もない。更には期限という頭が痛くなる言葉が突き刺さる。難しい言葉が飛び交う中で出版社の方が「小説にするなら四回は泣かせて下さい」とこれまた頭が痛くなるような言葉を突きつけられた。心の中では四回って何だよ。と顔には出さなかったが「一度書いてみます」とだけ返事をして小説を書き始める事にした。ストーリーの半分ぐらいまで書いてみて小説家の方に読んで頂いたが、返ってきた答えは「とても興味はあるが嘘が多いね」。まさに正解。さすがプロだ。自分を綺麗に見せたくて、エンターテイメントにしたくて嘘を混ぜ込んでしまっていたのだ。読んでくれる方が次はどんな展開になるのだろうと考えて書いていると、どうしても大袈裟に書いてしまう変な癖がでてしまったのがプロにはお見通しだった。
すぐにバレてしまったら私はもう嘘は書けない。
出版社の方など、折角紹介までして下さった方には申し訳ないと思いながら「自分のペースで正直に書いてみます」と言い残し、三年の月日が経った。気づけばほとんど何も書いていない。そしてあの時とはまったく違う世界にもなった。コロナで仕事は激減しストレスは溜まる一方で、今のままでは何も変わらない、何かを変えてみないと始まらないと、三年前の自伝の話を思い出しもう一度自分と向き合う事にした。もしかしたらこんな時代になったからこそ、自分の言葉で嘘偽りなく赤裸々に書けるような気がしたのでnoteで綴っていこうと思う。この自伝を読み終わった時、「何を伝えたかったんだよ」「面白くねーな」と言われても責任は取れません。
だけど一つだけ言える事がある。
それはとてもシンプルな答えだが読みながら感じてほしい。

タイトルは

「雨と貧乏」

雨が降ると母は
なぜかホッとした表情をする。

雨と貧乏
この言葉は世界で一番嫌いな言葉だ。


何度も言うが私の過去は誇れる事は何もない。
けれど"経験"をしたからこそ
今わかる答えがあった。

長くなってしまって申し訳ない。
では、始めよう。

皆さんのサポートが書く活力になります! 応援宜しくお願いします( ^ω^ )