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書評

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2023年6月の記事一覧

書評 #79|同期

 警察の同期が懲戒免職によって姿を消した。四方八方にスパイの影がちらつく。絶えることのない緊張感が今野敏の『同期』にほとばしる。  本作は主人公でもある、宇田川亮太の成長の物語でもある。その逡巡、場数を踏むことによって得たその自信。それらは引力として作用し、読者を作品に没頭させる。しかし、それはどこまで現実的なのだろう。私見だが、宇田川の根幹を成す核のようなものが感じられず、感情移入の妨げとなった。終盤の大活躍も予定調和のように映った。  刑事としての矜持を拝んだ。そして

書評 #78|探花 隠蔽捜査9

 爽快感とともに一気に読み通した。今野敏が紡ぐ小気味良い文章は背中を押す風のようだ。その風に乗って『隠蔽捜査』シリーズの主人公である竜崎伸也が『探花 隠蔽捜査9』でも存分に個性を発揮し、事件の解決に主導的な役割を担う。  活躍もさることながら『隠蔽捜査』シリーズは竜崎の成長の物語でもある点が読者を魅了する。警視庁と神奈川県警の違い。昇進したことによって生まれた役割の違い。不器用な真面目さが印象に残るが、未知を学びと捉えて成長へとつなげる姿に真摯な人間性が垣間見える。  竜

書評 #77|ネメシスの使者

 多様な視点と価値観。換言すれば、白も描き、黒も描く。その中間に存在する罪と法の濃淡を中山七里は巧みに描く。  懲役とは。極刑とは。個人の感情も混ざり、懲罰や更生のあり方について読者を思考へと導く。被害者と加害者。そして、家族をはじめとした、その周辺にいる人々にまで罪は侵食する。一面的ではなく、多面的に罪を見つめる。  『ネメシスの使者』は作中で表現されたように「システムの隙間に爆弾を仕掛ける」ことによって制度の間隙を浮かび上がらせる。そして、世の中で最も悪辣と評された「