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第6話 『屁理屈』


心地よい風が吹き、辺りに人はいない。


穏やかな静けさの中、時々聞こえる風が葉を揺らす音。



覇気のない丸まった背中のグリムを、クロウはいつでも支えられる距離感で歩く。



マリア・カーペンターと書かれた墓の前にグリムが座り、赤いカーネーションの花束を置いた。


クロウは何も言わずにグリムの近くから離れ、別の墓に向かった。



グリムは墓の名前を眺める。










グリム 「久しぶり。母さん」


膝を抱えて座り、語りかけるグリム。



グリム 「母さんに似たのはブロンドで癖っ毛の所くらいかな。後は、きっと....父さんに似たんだろうね」


手袋を外し、傷のある手を眺めるグリム。


グリム 「母さん。人の役に立ちそうにないや。俺は....どこまでいっても人殺しなんだ」


自分の手を震えながら握りしめるグリム。








グリム 「どんな理由があったとしても俺は、もう....」


膝を抱え震えるグリムの肩にそっと手を添えるクロウ。


クロウ 「もう行くぞ」


うずくまりながら動かないグリム。



グリム 「なんであの時俺を殺さなかった?」



クロウ 「....」









グリム 「これは罰なのか」


クロウ 「お前が選んでやっている事だろ。嫌ならやめればいい」


グリム 「なら、殺してくれよ」


クロウ 「死にたいなら、自分で死んだらいい」


グリム 「なんでかな。俺は人を殺す力はあるのに、自分を殺す力はない。母さんの言葉を頼りに生きているけど、やっぱり俺は人殺しだから、これから生きていける強さもなければ、死を選ぶ強さもない」







クロウ 「それは特別お前だけが抱く感情ではない。他にもお前と同じ気持ちの人が沢山いる」



グリム 「俺と同じ力を持つ人間がいるってのか」



クロウ 「この拳銃があれば、俺はお前を殺せる。細い紐があれば、誰だって人を殺せる。お前は、ただそれが自分の手だっていう事だ。他と変わりはない」



グリム 「屁理屈だな。俺が人殺しなのに変わりはないし、人殺しは正しい事ではないだろ」









クロウ 「直接人を殺していなかったとしても、自分のせいで人が死んだのであれば、人殺しと一緒だろ。事実と感情はいつでも一致する訳じゃない。その矛盾に苦しむ人間を、お前の手は救っているんじゃないのか。人を救う感情は、正しい事なんじゃないのか」




グリム 「....屁理屈だよ....全部」










クロウ 「人の感情は、理屈じゃどうにもならないんだよ。屁理屈の1つくらい覚えたらいい」




グリム 「あんたは、屁理屈が過ぎる」




クロウ 「大人はそんなもんだ」



グリム 「俺も、40過ぎればそうなれるかな」










クロウ 「知らん。そんなの生きて確かめるしかないだろ」




グリム 「ずるいな。いつもみたいに言い切れよ」



クロウ 「俺が言い切ってやれるとしたら、俺みたいな大人になるなって事だ。そろそろ行くぞ」







グリムは華奢な体を少しだけ重そうに動かす。


2人は車に戻り、クロウは運転席でタバコに火をつける。


バンっと強くドアを閉めるグリム

クロウ 「おいっ。お前、また」


グリムは外を見ながら、少しだけ笑みを浮かべた。


クロウは何も言わずに、タバコの煙をゆっくりと吸い込んだ。



7話に続く

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