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宇宙カフェ

コーヒー豆を切らして緑茶を飲んでいると、タイミング良く父が豆を送ってくれた。
パッケージには何やら"宇宙カフェ"と書いてある。この豆のブレンド名らしい。

ちょうど昨夜観ていたアニメに宇宙の話が出てきたことを思い出した。
悪役がその能力を使って時間を無限大に加速させ続けて宇宙をその終わりまでもっていき、また始まりから世界を一巡させるという少々難解な話だった。
その悪役と最後まで生き残った脇役は繰り返された宇宙によって出現したパラレルワールドで最後の戦いに臨む。
宇宙カフェで淹れたコーヒーを飲みながら、そんな壮大な話に想いを馳せているとYouTubeから懐かしい曲を提案された。

その曲を初めてちゃんと聴いたのはロンドンで最初に住んだフラットだった。
天井付近をあてもなく行き交う紫煙に包まれた、街灯のオレンジ色の光が差し込むリビング。
絶え間なく音楽が流れ、うとうとしていると誰かが空回りを続けるレコードの針を止める。
記憶の真ん中に深く刻まれた景色がいくつか存在していて、僕にとってそれらは大体どこかの部屋であることが多い。
その数部屋のうちの一部屋があのリビングだった。
天井の模様、ソファーの破れた箇所、窓を開けると入ってくる渇いた外風、どこか深くに刻み込まれたそれらの記憶。

ふとした瞬間、特定の音楽に呼び起こされる感情が引き金となって、遥か昔にいたあの場所に時折戻ってきてしまう。
その度に、まるでそこから自分の人生が一歩も進んでいないかのように、10年前のある夜の続きを再生する。
記憶の時空にいつまでも、何ものにも侵されずに存在し続ける場所。
宇宙が何巡しようとも、天井の模様は何一つ変わっていない。
暖炉の近くには日本刀の模造刀が立てかけてあって、小さい棚にはこの場所に住んでいた人間たちが置いていった本や漫画が溢れている。
住人たちのレコードがぎっちりと詰められた壁のボックス。
何処かから聞こえてくるサイレンと酔っ払いの大きな話し声。
ソファーに深くもたれかかると、破けたソファーのレザーから黄色いもこもこのスポンジが浮き出ていた。
誰かの指元から流れ出た紫煙はいつまでも気だるく彷徨って、窓を開けると一斉に何処かへ逃げていく。
レコードはずっと回っていて、ちょうどあの曲がかかっていた。



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