考えてみる ジェンダー 3
テーマが大きいので、1本には収まらなかった。これでもまだまだ足りないことは承知だけれど、ここまでのまとめを書いてみる。
ジェンダーとは、考え方。自分たちが認識している、男女の捉え方、考え方は時代や人々、いわゆる社会が築いてきたものに左右されたり影響されている。社会に洗脳されて価値観が築かれている。
価値観は自分一人で作るのではなく、過分に人の影響を受けている。
社会に影響されて、自分がいることを意識してみる。自分が当たり前だと信じてきたものが、違う時代や違う地域違う社会の中では、当たり前でなく、異端になる事さえあり得る。
自分が感じる男らしさ、女らしさはあって良い。だけど、自分が感じる「らしさ」は自分が感じてるに過ぎないってことを弁える。
そして、自分がジェンダー、男女をどう考えていくのか?
男女の違いがあることを認める。身体的な機能と一部の能力には差異があることを認めて上手に共存する。性格とか気質・性質には男女差以上に個人差の方が大きい、その部分では男、女関係なく、その人の人間性をみていく。
趣味とか嗜好も男女差ではなく個人差。男女の特性の違いもあるけれど、個人としてどうなのかの方が重要。
今まで2回ジェンダーについて考えてたのに、社会の男女観がいつの間にか子育てとか次世代の育成にすり替わってしまった。男女の違いが出産の有無とそのメカニズムにしか見いだせなかったので、そこに行き着いたのは自然かなと思う。人が生かされている一番大きな目的は次の世代に繋ぐこと。その大きな目的を果たすために社会はある。
社会を構成する一員として、その在り方が最善なのか考える切り口の1つがジェンダー。
今までは女性に不利な部分は多かった。腕力が弱いことは、暴力の被害を受けやすく、大きくなりやすい。働き方の面でも冷遇されてきた。同じ組織にいて男性社員は当たり前のように昇進しても、女性社員は自分の優位性とか能力をアピールしていかないと同じ所に昇れない。これは自分に実感としてある。
逆の面を捉えれば、男性は男性でプレッシャーを感じたりするかもしれない。女の子は気立てが良ければ容認されるけれど、男の子にはそれ以上の何かを期待されたりする。
自分は女子なので、女性目線を嘆くけれど、男性だから恵まれてるってことはないかもしれない。
結論は結局、変わらない。男性女性の性差はある。これは覆ることのない事実。だけど、男女の区別・違いはその社会が認識している部分が大きい。
この社会の認識をもう一度捉えて、それが誰にとっても納得できる公平なものか、不当な差別を孕んでいるのか考えて行くことがジェンダーの根本。
昨今、ジェンダーをややこしくしてるのが、LGBTの問題。自分は積極的な肯定も否定もしない。LGは恋愛の性向に過ぎない。自分が愛する人が同性なだけ。お互いに相思相愛の関係が築けたり、共にいて安らげる存在ならばそれで良い。他人に理解されるとかされないとか拘らなくて良いと思う。男女間の恋愛にもいろいろなパターンはあるしトラブルは付きもの。
Bの方々だって、同性異性どちらとも恋愛対象になるってだけでお相手が納得してれば良いと思う。ただ、トラブルは多くなりそうな印象はあるけど。
少数派の方々は生き難さはあるだろう。だけど、声高に主張しても大多数の心には届きにくい。それよりも自分たちが本当に満足して楽しそうにして解放されてる姿を見せれば心動かされる人も増えてくるだろう。昔より市民権は得ているように思う。
恋愛・性愛は個人の自由。当事者の間で修羅場とかゴタゴタするのも勝手にどうぞ、って思う。ただ、他人を巻き込む人傷沙汰は勘弁だけど。
トランスジェンダーについては、先の3つとは傾向が違うような気がする。自分の性自認が定まらない、男女の自覚が上手く捉えられない。これは社会の中で生き難さを感じるだろう。アイデンティティーの形成みたいな部分にも関わってくるような気がする。まず、大事なのはこういう違和感を抱えている人がいることの理解。その上で、当事者が自分が性をどう捉えるのか納得できて心が解放されること。見かけ上の性とは別に、異なった性を自認することで心が落ち着くならそれが良いし、男性・女性超越して「自分自身」を全面的に確立するならそれも良いと思う。
一番大事なのは、偏見を持たないこと。偏見は拭えないかもしれないけれど、それを理由にして差別や嘲笑をしないこと。自分の身の回りに経験がないことは、想像も意識もしにくいけれど、誰かが困っていて声を出しているなら、それを知ってしまったなら、それに対して自分なりに考えてみることが大事だと思う。
正直、自分だって自信はない。知り合いからLGBのカミングアウトをもしされたら、その一瞬は引いてしまうだろうし、自分の息子には女性と恋愛して結婚して子供を作ってほしいと願っている。
社会的な問題として容認することと、自分事になるのとでは違う。
でも、自分ができるのは、そういう自分を覚知しつつ社会にはいろいろな人がいて、いろいろな考えがあることを理解して、自分はどういうふうにしていくのか考えてみること。
「ジェンダー」に絞って書いてみたけれど、社会の問題って一つ一つが独立してあるんじゃなくて、子育てだけじゃなくて例えば、貧困・働き方・介護・婚姻みたいなことにも繋がったり重なったりしている。そうは言っても社会の中で容認されることの幅はあるな~なんてことも考えさせられた。
基本は誰でもその人らしさを認められて、社会の中で受け入れられること。みんな同じ条件に囲い込むのではなく、お互いを認め合って同じ程度の満足感が得られるようにしていくってことかもしれない。
ジェンダーについては、ここで一旦終了する。言葉足らずだったり、まだまだ大事なことが残っていると思う。公平と平等とか働き方のこととか気になることは満載。自分の学びを深くしていつか続きを書いてみたい。
ここまで読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。