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尊敬する人にこだわらなくてもいい。【自分の人生を生きよう】

あなたの身近に尊敬する人はいますか?


私が入社したての頃、職場にいるいろんな人から聞かれました。おそらく質問の意図としては、

・会社内の自分のロールモデルになる理想の人物はいるか?
・いたらその人を参考に人生設計を立ててみよう

というものだと思います。私は当時、なんとなく第一線で活躍している先輩社員の名前を答えていました。

しかし、ほどなくしてそのロールモデルとなる先輩社員は会社を辞めてしまって別の会社に転職していき、同様に上記の質問をした人の何人かも辞めてしまいました。


自分はこの人の背中を見て毎日仕事を頑張っていくんだ、と意気込んでいたので、会社を辞めると聞いて当時はかなりショックを受けました。

あの人が辞めるんだったら自分も辞めるか?

当時あれこれ悩んだ挙げ句、結局踏みとどまることにしました。今こうして振り返ってみると、踏みとどまってよかったと感じています。

当時の私はすっかり他人の人生を歩んでいたというわけです。

今回は「尊敬する人にこだわらなくていい」というテーマでお伝えしたいと思います。


尊敬する人は社内にいなくてもいい

社会人になると決まって聞かれる尊敬する人は誰か?という話。よく理想の上司を芸能人や漫画やアニメのキャラクターなどに例えて話したりする機会があるかと思います。そして新卒で入ったばかりの人に、「うちで尊敬する人って誰?」という感じで聞くわけですね。

結論を言ってしまうと、今の時代、社内に尊敬する人なんていてもいなくてもいいのではないかと思います

というのも、既に年功序列は崩壊し始めていて、昨年のトヨタ自動車の豊田社長の「終身雇用を守っていくのは難しい」や経団連の中西会長の雇用慣行の見直しについての発言が波紋を呼んだのは記憶に新しいと思います。

さらに私のいる建築の設計業界は長時間労働でブラックな体質の企業が多く建築士という資格業でもあるため、もともとある程度人材の流動性がある印象です。

仮に尊敬する同僚や上司がいたとしても、彼らが定年まで今いる会社で働き続ける保証はどこにもありません。この人の背中を見て自分も人生歩んでみたいと思っても、未来のレールは敷かれていないということがしばしば起こります。なので理想のロールモデルとして身をゆだねてしまうと、他人の人生に振り回されてしまう結果となります。


尊敬する人ではなく尊敬する要素をとりいれる

人を尊敬したとしてもその人にはなれません。結局のところ、自分の人生は自分にしか生きられないということになります。

だったら、他人の人生にどっぷり依存するのではなく、その人の尊敬する要素をひとつとりいれてみて自分のものにするというのがいいでしょう。いわゆる。「いいところだけつまみ食い」というやり方です。

例えば私の場合だと、対人交渉での話の展開の仕方(声のトーンや話の切り出し方など)に関して今の職場の上司から学べるところは多いと思い、意識して観察するようにしています。しかし同時にその上司の普段の生活スタイルやつき合いには一切干渉しないようにしています。

自分は自分、他人は他人なので、性格的な相性もありますし向き不向きもあります。あくまで自分の武器を強化する目的で尊敬する要素をとりいれるのがよさそうです。


尊敬できる要素なら無限にある

自分の理想を兼ね備えた尊敬できる人を探すのは難しいですが、「この人のこんなところが尊敬できるな、自分にもとりいれてみよう!」というように尊敬できる要素に注目すると、途端に尊敬できる人の範囲が広がります。

人は誰しも何かしらの尊敬できるところがあります。つまり誰でも尊敬できるし、学べるところがあるということです。

学べるところが多いと謙虚になれますし、なにより成長の伸び代が増えます。尊敬できるところはどんどんとりいれて、理想の自分を作り上げていきましょう。


自分の人生を生きる

冒頭でもお伝えしたとおり、他人の人生に振り回されてしまい危うく意図せずに会社を辞めてしまう可能性がありました。おそらく当時だったら勤続年数はさることながら主体性が乏しかったので転職も厳しかっただろうなと感じています。

しかし今は入社7年目にして仕事の実績も増え、価値観や働き方、生き方などもある程度自分の軸として確立してきたように思います。

メンターや社外の友人、転職エージェントなどから自分の客観的なアドバイスをもらいつつ、今後のキャリアに生かせるようにしていきたいところですね。

引き続き頑張りますので応援よろしくお願いします。

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