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カザフの英雄に赤い花を

若い、まだとても若い、才能ある人の命が失われた。
なんて言葉にしたらいいかわからない、辛い。

昨晩カザフスタンのフィギュアスケート選手、デニス・テンが強盗によって刺殺されたとのニュースが流れた。頭に浮かんだのは、は?とか、え?とか、そういう言葉で。読んだ文字が頭にしみこんでくるまで、しばらく呆然としていた。意味がわからない、わかりたくない、刺殺って、死亡って、なんなん…なんなん…

気がついたら泣いていた。

まだ現役で、たったの25歳で、先月アイスショーを主催したばかりで、この秋のグランプリシリーズにもアサインが決まっていた。ロシアで、その演技を披露するはずだった。なのに、それなのに、殺されたって、死んでしまって、もう2度と彼のあのうっとりするような情熱のこもったステップは観られなくて、永遠に失われて…なんかもう、言葉にならない。

母が意識不明で運ばれて、あまりにも突然に余命1週間の告知をされた時のことを思い出した。あの時と同じで、頭は冷静なようでいても身体がダメだった。急に胃がずーんと重たくなり、シクシクし始めた。さっさと仕事は切り上げて、早めに就寝した。

朝起きたら、目が腫れていた。しかし一晩経った今も、気持ちに整理はついていないらしい。今日の19時台のニュースで犯人の片割れが逮捕されたことが報道された。ちょうど夕食どきだったので、自分がフィギュアスケート好きなことを知っている夫に言及されたけれど「ほんまに酷い話よ…」と返すのが精一杯で、それきり何も言えなかった。

触れられたくなかった。まだ無理だ、この件についてはまだスケートファン以外からの言葉を聞きたくない。ただの不幸な事件のひとつとして消費できる程には、消化できてない。無理だ。


別に、テン君の個人的なファンだった訳ではない。ただフィギュアスケートが好きで、特に男子シングルを中心に見ていたから…彼のことも長く見ていた。だからファンという訳ではなくとも、素晴らしい演技に感動させられたことは何度もある。

特に2015年の四大陸選手権での演技は圧巻だった。確実な金メダル候補がおらず誰が優勝するかわからない、そんな見る側にとってワクワクとした、熾烈な争いを素晴らしい演技で制したのが彼だった。

近年は怪我の影響でジャンプが決まらず、順位という結果には繋がらなかったけれど…そのぶん滑りやステップはより洗練され、輝きを増していたように思う。全身を使った情熱的なステップにはうっとりと魅了されたものだ。昨年のGPSでフリーのステップを見たときには、「もはや愛さずにはいられない芸術品だ」とTwitterでつぶやいた記憶もある。

(町田君が追悼文と共に上げてくれた、PIW2017/日光公演での映像)

この、素晴らしい芸術品が、永遠に失われたなんて信じたくなかった。選手にとって命にも等しい足を傷つけただけでなく、本当にその命までもを奪うなんて。しかもたかが車のミラーなんかで…

ニュースで見た現場は穏やかそうな公園の側で。だけど平穏どころか、たかが車のミラーの為に人を傷つけるような人間がいて。カザフスタンはそんなに治安の悪い場所だったということを初めて知った。ニュースでは犯人の一人が捕まったと報じていたけれど…犯人は捕まっても、彼は戻ってこない。ひどい、本当にひどい話だ…もうこれしか言葉が出てこない。

「なんで、どうして、もしも…」

そう言葉を連ねたいけれど…これらの何もかもが、どんなに願っても届かないことは。母の死を通じて、もう嫌という程に知っている。

だから、ただ嘆き、惜しむことしかできない。

カザフスタンでは、葬儀や命日には赤い花を持って参列する習わしがあるどうだ。だから、せめて、彼に花を贈ろう。

Rest in Peace.
カザフスタンの英雄の為に。

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