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子どもは「管理すべき?」「放任すべき?」答えは”課題の分離”にあり!

「教育熱心」

あなたは、この言葉にどんなイメージをもつだろうか?

「熱心」という言葉を言葉のままに捉えると前向きなものなのだが、「教育熱心な親ね」と言われると少し否定的な意味合いも受けて取れるのではないだろうか?

その背景には、子どもを塾に通わせる、家庭教師をつける、習い事をさせるなどあれこれと親が管理しすぎている印象があるからだろう。

そこには、「子どもを管理しすぎない方がいいのでは?」「もっと自由にさせてあげた方がいいのでは?」という気づきがある。


しかし、一方で「いやいや、今のうちからやらせておかないと将来困るから!」と心配になってしまう気持ちも根強く存在する。

そう、今は「子どもは管理すべき?放任すべき?」という二つの価値観がせめぎ合っている時代なのだ。

つまり、管理する大人、放任する大人、本当の意味で教育に熱心な人ってどっち派なの?ということだ。

どちらも子どものためを思ってのスタンスであるだけに難しい・・・。

そこで今回は、子どもの成長を支えるベストなスタンスは何か!について結論を出していく!


そこで、キーになるのが

課題の分離だ

課題の分離・・・?

何だか難しそうな言葉だが、「嫌われる勇気」が出版されて以来、この言葉はメジャーになりつつある。

まだ知らないという方に簡単に解説すると

課題の分離とは、アルフレッド・アドラーという心理学者が提唱した考え方であり、「自分の課題と他者の課題を明確に分け、自分の課題に介入させない、他者の課題に介入しない」というもの。

何だかわかったような分からないような・・・。


もう一歩踏み込んで、宿題を例に説明していこう。

まず、「宿題」はだれの課題だろうか?

ここで大切になるのは、「その課題の結末をだれが引き受けるのか」という視点だ。

宿題をやらなかったことで得られる結末は、「テストの点数が下がる」「先生に怒られる?」などなどあるだろう。

そう、全て子ども自身が引き受ける結末なのだ。

つまり、「宿題」は紛れもなく子どもの課題なのだ。


そんな、子どもの課題である「宿題」に対して、親が「宿題をやりなさい!」と管理するのは、間違いなく相手の課題に踏み込む行為である。

当然「宿題をやりなさい」と自分の課題に介入された子どもは「うるさい!」とイライラを募らせるだろう。

そして、自分の課題である「宿題」に向き合う機会がもてず、逃げ続けることになるだろう。


少し「課題の分離」のイメージが湧いてきたのではないだろうか。

つまり、アドラーが言いたいことは、相手の課題に介入することは、相手が自分の課題に向き合う機会を奪うことであり、自立を大いに妨げるということだ。

そう、この課題の分離からアドラーが教えてくれる答えは、「管理するな!(課題に踏み込むな)」というニュアンスがある。

この考えはとても真意を捉えており、ボクの教員経験の中でも、課題の分離ができずに子どもが育たないケースをたくさんみてきた。

例えば

・親に言われたままに受験する子
・忘れ物がないか毎回親にチェックされている子
・高学年にもなっても、朝は親に起こされている子

などなど

受験するのも、忘れ物を減らすのも、朝、自分で起きるのも全ての結末は子ども自身が引き受けるものであり、子どもの課題なのだ。

このような子は、総じて無責任になりがちだった。

例えば、プールバックを忘れた時に「親が用意してくれていなかったから」とか、遅刻した時の言い訳に「親が起こしてくれなかったから」などと言う。

このような思考では、「自立」からは程遠い・・・。


ここまでの説明を聞いて「確かに!納得!」という気持ちになった方も多くいるだろう。

しかし、心の奥底では

「それはわかったけど・・・。でも、ほっといていいわけ?それでダメ人間になってしまったらどうするのさ!」
「親ができることは何もないってこと?そんなの悲しすぎるでしょ!」

と悲痛の叫びも同時に存在するのではないだろうか?


そんな悲痛の叫びを解消するためにも、本当の意味で「課題の分離」を理解していく必要がある。


今までの説明だけだと、「何も言わないから、あなたはあなたでよろしくね」と、なんとも冷たい印象を抱いた方もいるだろう。

しかし、本当の意味で課題の分離を理解した時、課題の分離はとても温かい意味合いを帯びることになる。

その理由は

課題の分離は放任ではない


からだ。

つまり、「あなたの課題には介入しないけど、あなたが求めるならば、いつでも支援する準備はできているよ」というメッセージを言葉や態度で伝え続けることが本当の課題の分離なのだ。


先ほどの宿題の例でみていくと次のようなステップで関わることになる。

①宿題をやる理由やメリットについて情報を与える
②やるか、やらないかは本人の意思に任せる
③やる場合、どうしたら毎日継続できると思うか本人のアイデアを聞く(必要ならばアドバイスする)
④親に手伝ってほしい、用意して欲しいものがないか聞く
⑤見守る

という感じだ。

できれば、一週間ほど様子をみた後、「やってみてどうだった?」と振り返る時間が取れるとさらにいいだろう。


ちなみに、我が家では、上記のステップで子どもと話し合ったところ

②宿題は自分に必要だからやる
③お母さんがご飯を作っている間に、ダイニングテーブルでやる。
④自分が忘れていそうなら、「これからご飯作るけど、宿題どうする?」と一回だけ声をかけてほしい。

と、当時一年生の娘は決めた。

幸いにもこのやり方がハマったようで、それからというものずっと継続できている。

もし、うまくいかなくても大丈夫。もう一度、本人との合意のもとで話し合えばいいのだ。

トライ&エラーを繰り返すことも、とても貴重な学びであるのだから。

②の時点で本人が「やらない!」と選択したのであれば、一人の人間としてその選択を尊重してあげよう。

きっと、子どもも自分の選択を尊重してくれたあなたに信頼を寄せるだろう。

この少し手間のかかる肯定を面倒くさがらずに子どもと歩める忍耐と、子どもの選択を尊重できる決意こそ「教育熱心」の新しい定義だと思う。


忘れ物についても同じだ。

親が忘れ物をチェックする(管理する)でもなく、放っておく(放任する)でもなく、忘れ物をしないことのメリット、そして忘れ物をしない工夫を子どもと一緒に考えればいい。子どもが必要とするならば、チェック表を用意してあげる、声をかけてあげるなどサポートしてあげればいい。


あくまでも大切なのは

「支援する」という姿勢

なのだ。

支援は、相手の課題に介入するでもなく、放っておくでもない、見事に絶妙な距離感を生み出してくれる。

もちろん、子どもは支援者を味方と認識するだろう。

つまり、win-winな関係になれるのだ。


では、まとめよう!

結論!本当の意味で「教育熱心」な大人とは、管理でもなく、放任でもなく、とことん「支援者であれ!」ということ!


このことを意識しておくだけで

子どもは自立する!
子どもと良い関係が築ける!
子育てがハッピーになる!

いいことばかりだ!


世界中の方が、課題の分離で幸せな子育てライフを堪能できることを願っている!


以上、ガクせんでした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

良い一日を!


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