見出し画像

ゆるむとき:1.まゆこ

 しとしと雨模様の月曜日の朝。目覚まし時計と格闘して、ようやく起きたけど、本当はまだ眠っていたい。先週末に風邪を引いたようで、まだ本調子ではなかったけれど、熱も下がったので、重いカラダをゆっくり起こした。

「あー、休みたいな。」 電気ポットのスイッチを入れお湯を沸かし、洗面所でジャブジャブっと顔を洗う。ボサボサの髪をササっと櫛で整え、ヘアゴムでひとつにまとめるという簡単な身支度をすませると、ようやく目が覚めてきた。

ちょうどお湯も沸いて、ドリップコーヒーのフイルターをマグカップに準備し、お湯を何度か注いでコーヒーを入れる。平日の朝は、ほぼこのルーティーンで少しづつ会社に行くモードを高める。梅雨入りしたせいか、髪型も上手くまとまらない・・・ついでに自分の気分も、まとまらない。

「まゆこ先輩!おはようございます」
同じ部署の入社2年目、田中由美がエレベーター前で声をかけてきた。
(月曜から、元気いいねぇ、、、さすが若いだけある)と、ココロの中で毒づいてから「おはよう、田中さん」と、うっすら笑顔で返すと、
「いやだなー、由美って呼んで下さいよー、まゆこ先輩!」

そう、紛らわしいことに、同じ苗字の田中由美。同じ部署で、田中が二人もいたら、面倒くさいじゃんって。 
彼女が入社してきてから、この「まゆこ先輩」って言葉が、部署内で定着してしまい、今では部長にまで「田中さん」ではなく、「まゆこ先輩」と呼ばれる始末。トホホ、、勘弁してくれよー。

「聞いてくださいよー、週末にドライブ行ったんですけど、お目当てのランチのお店は長蛇の列でぇ、帰りも交通事故渋滞に巻き込まれて・・・」
(はぁー、また始まったよ。毎週月曜日恒例、彼女の週末のできごと報告会。) 田中由美は毎週末どこかに出かけ、やれどこどこで話題のスィーツを食べたとか、人気スポットで流行りの遊びを体感してきただの、聞いてもないのに、事細かく報告をしてくれる。おかげで、旬な流行りモノや話題のお店情報は、嫌でもインプットされてしまうので、テレビや雑誌で紹介されるその手の情報は意外に知っている私。

「へぇー、そうなんだ。それは大変だったね。でも美味しいもの食べれて良かったじゃない。」なんて適当な返事をしながらオフィスに入った瞬間、

「おい、田中、どうなってるんだ?!」と電話を手でふさぎながら、課長の怒鳴り声が鳴り響く。思わず二人してビクっと固り、恐るおそる課長の方に目を向けると、私のほうを指さし、誰かと電話しながら、こちらに来いっていう動きをしている。(え、私? 何かやらかした?)

「は、はい、ええ、それはおっしゃる通りでございます。当社のミスでして、ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。」
「すぐに、訂正したものをお持ち致しますので。はい、はい。大至急伺います。誠に申し訳ございませんでした。」
(え、、、な、なに、何???どっからの電話よ…)
「か、課長、、、何か問題でしょうか、、、。」か細い声で言い終わらないうちに、「田中、おまえ何やってんだー!」
「木村商店さんから、発注した商品が間違って届いているって連絡が来たんだぞ。しかも、明日からの売出しの目玉商品で、早朝から搬入をされてて、箱を開けたら違うものが入っていたそうだ!」
「ええ? そんなはずはありません、先週金曜日に最終確認して、リスト検品して配送に指示しました。」
「じゃあ、どうして間違った商品が届いているんだ!いいや、今はそんなことを言っている場合じゃないっ。とにかく明日の開店に間に合わせなければならない!何としても今日中に正式な商品を先方の売出し会場に届けることが先だ!」「おおい、他の者も手が空いていたら手伝ってくれっ」
呆然としている私の隣で、田中由美は、「先輩、任せてください!お手伝いします!」と。焦る中、とにかく発注リストと数量を確認しながら、
在庫があるかどうか端末で調べ始めた私の脳裏にかすかな記憶がよぎった。

それは先週の金曜日のこと、体調がすぐれなかった私は、木村商店さんの新装開店の目玉商品だけはどうしても責任を持って確認し、出荷指示を出さないと帰れない・・・と、それだけやったら早退しようと、朝から取り掛かっていた。その様子を見ていた田中由美が、「先輩、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。私が代わりにやっておきますので、早退してください。」と、声をかけてきた。 だけど、木村商店の担当は私だし、田中由美は前に一度一緒に準備したことがあるだけで、まだ一人で最後までやったことがない。
 
「いいえ、これは間違ってはいけない大事な商品だから、最後までやってから帰るわ。ありがとうね。」と感謝しつつ、やり続けようとしたら、
「それじゃあ、手分けしましょう。最後の確認は、まゆこ先輩がしてください。私も半分やりますので、リストを分けましょう!」と言ってくれたので、それなら大丈夫かなと手伝ってもらっていたのでした。

(・・・あれだ。) 彼女は視力が悪く、コンタクトをしているのだけれど、時々、目が痛いからってメガネもコンタクトもせずにデーター入力をすることがあり、数字の3と8をよく読み間違えて入力する癖があった。
「仕事なんだから、見えないのならメガネをかけてやってね。」と何度か注意したことがあるが、「わたし、メガネ似合わないんですよねー」と言って、かけたがらなかった。
そう、その時も、コンタクトをしているものだと思っていたけれど、どうやら違っていたようだ。商品コードをひとつ打ち間違えると、まったく違う商品になってしまう。運悪く、彼女が持っていたリストには、末尾3と8で、箱の形状が同じでも中身が違う商品が含まれていのだった。

(ううっ・・・熱がまた出そう・・・)と、ため息とともに、
自分で自分の馬鹿さ加減に、嫌気がさしてきた。

「本当に申し訳ございませんでした。」
「いいよいいよ、間に合ったんだからさー。課長さん、オーバーに怒ってたからさ、気になってたんだよね。田中さん、凹んでるんじゃないかと思ってさー。」
(ううぅっ、、、優しすぎる。高橋さん!)
「今後とも、どうぞよろしくお願い致します。失礼します。」
深々と頭を下げて、その場を去った。 振り返ると、高橋さんが大きく手を振って、「ありがとうねー!気を付けて帰ってよー!」と叫んでくれた。

マジ、神!!! 

無事に納品が終了したことを課長に電話報告をして、一件落着。
時計は14時を差していた。 
「お腹すいたな・・・何か食べて帰ろう。」
どこもランチタイムサービスは終わりかけていて、そそられるようなお店もなく、大通りから少し入ったところをウロウロ・・・。

すると、どこからともなく、甘いやさしい香りがしてきた。
「何んだろう、この香り?」
細い通りのその先にある、小さなフラワーショップのようなお店から
甘酸っぱい香りがしていた。
(こんなところに、フラワーショップなんてあったかな?)
ガラス窓からそっと中をのぞいてみると、雑貨屋さんのようだけど、本やお菓子も置いてある。すると店員さんと目が合ってしまった!
「どうぞー。」と言われて、そっとドアを開けると・・・
「わー、いい香り!!!」と思わず叫んでしまった。

つづく・・・

 








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?