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プライバシーとは幻想である

「天知る地知る我知る人知る」という言葉がある。コトバンクによると

誰も知るまいと思っても天も地も知っており、私もあなたもそれを知っている。知るまいと思われることでも必ず誰かが知っている。不正・悪事はいつかは必ず露顕するものだ。

という意味なのだそうだ。昨日の記事で最終的に言いたかったのはそういうことである。

天とか地などと言ってしまうとおおげさすぎてかえってリアルさに欠けるのでやや違う角度から語ってみた。天や地が知らなくても、「守護霊知る、我知る」で十分なのではないか。

昨日書いたように、ぼくの左肩の後ろにはフワフワとした白いものが浮いている。そいつは生前の母そっくりの物体で、ぼくがどんなエロ動画を見ようとその存在には筒抜けになる。「フワフワ知る 我知る」なのである。

ただし、これが統合失調症の症状ではないのかと言われたら、そうでないときっぱり反論するのは難しい。少なくとも日々の生活実感としてははっきりそう感じるとだけ言っておこう。ぼくはこっそりとエロ動画を見ることはできない。

え~!それじゃあプライバシーないじゃん!

と言われたらそのとおりである。僕の実感からすれば、プライバシーなどというものは幻想だ。「人知れず」などということはありえない。なんもかんも筒抜けである。

逆に、どんなに人知れず善行を積んでいたとしてもほんとうに「人知れず」なんてこともない。かならずそれを見ている存在がいる。人知れずウンコすることすら無理である。

ちなみに、昨日の記事を書き終えた後で、歯磨きしながら

あんなこと書いたけど、いまこの瞬間はなにも感じないよなあ

と思ったとたんに、白くて長いものが左肩の後ろからビューっとのびてきた。ちょっと思っただけでこれなので油断も隙もない。この状況で孤独になるなんてことはまったく不可能であり、だれかがいつもそばいにいるというのが「実感」だ。

しかし、本来これはぼくだけではない。あらゆる人がそうなのだ。

あらゆる人は孤独ではないし、いいことをしている姿も、悪いことをしている姿も、ウンコしている姿もぜんぶなにかの存在に見られている。

ぼくからすればこれが世の中の真実に思えるんだけど、繰り返すが統合失調症の妄想でないという保証はない。したがって以上は

①統合失調症の妄想

または

②真実

のいずれかである、と書くにとどめたい。「あなたがいいことをしている姿も、悪いことをしている姿も、ウンコしている姿もぜんぶ別の誰かに見られている」というのは①ぼくの妄想か、②真実か二つに一つでそれ以外の選択肢はない。

もしも、あなたが

えー信じられない!ウンコくらい誰にも見られないでやりたーい
あんなはずかしいことも、こんな悪いことも誰にも知られたくなーい

と願うなら、ここで読むのをやめて、ぼくの言っていることを全否定してほしい。「こいつは統合失調症だ」と心底思っていただきたい。

全否定しなければ、わずかでも「こいつはキチガイじゃないかも?」という疑いが残ってしまえば、あなたは二度と一人でウンコすることができなくなる。

どーです?すごいでしょう。まさかこんなものを読んで一人でウンコできなくなるとはだれも思わない(笑)。

ただし人知れずやれないのはウンコだけではない。あなたが「誰にも知られなければやっていい」と思ってやっているどんなことも、あなたのうしろの存在には筒抜けだ。

「そんなのはイヤだ」という人は上に書いたとおりにぼくのことを全否定して「こいつはキチガイだ」と100万回唱えよう。

以下はそれ以外の人向けのアドバイスである。「こいつは本当のことを言っているのかもしれない」とわずかでも思った人は以後、こう想像することをお勧める。

あなたが「誰にも知られなければやっていい」と思って何かをする前に、そこにいるのはあなた一人ではなく、亡くなったおじいちゃんも一緒にいると想像してください。

それでも「そのこと」をやれるのならやりましょう。

もし、一人ならやれるけどおじいちゃんの前ではやれないようなことなら、やらないほうがいいです。あとで自分に返ってきます。

あなたがいままで何をやってきたかは問わない。ぼくだってずいぶんひどいことをやってきた。今日から改めたのでもぜんぜん間に合うし、すこしずつでもOK牧場だ。

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