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マブチモーター事件

今日は、みなさんがあまり読みたいような内容ではない。

しかし書かずにいられないので書いてしまう。先日、自分の過去記事を読み返した話を書いたんだけど、過去記事でぼくは「オウム、オウム」と連呼している。ただし、平成30年の大量執行がなければ、あんな風に連呼することもなかっただろうと思っている。

昨日のTwitterでは、トランプ政権が駆け込みで死刑執行を続けているというニュースを取り上げた。

ぼくは、死刑問題に長年強い関心を抱いている。賛成とか反対とかかんたんには言えない。

そもそものきっかけは高校時代に本屋で合田士郎著『そして死刑は執行された』というのを立ち読みしたことだった。

合田さん(仮名)は、強盗殺人による死刑確定から無期懲役に減刑されたのち、現場の後処理係にたずさわった。昭和の死刑のリアルな様子がそうとう具体的にレポートされている。真偽のほどはともかく、ぼくはたいへんなショックを受けた。

そういうわけで、高校時代以降、この方面にはいらぬ知識をたくわえ、いらぬ想像力を働かせてきた。

なので、2007年に「マブチモーター社長宅放火殺人事件」で死刑の確定していた小田島 鐵男元死刑囚の「獄中ブログ」なるものがスタートしたときには、たいへんな興味を持って見守ることになった。

「マブチモーター社長宅放火殺人事件」の犯行は残虐なものだが、

・共犯者がいる
・小田嶋本人は過去に人を傷つけるような犯罪は一切犯していない
・ふつう共犯者とは罪のなすりつけあいになるものだが、小田嶋は共犯者の供述を全面的に受け入れた
・自ら控訴を取り下げて確定した(共犯者は最高裁まで争っている)

これらの状況を考えれば、表に出ていない事情がありそうにも思う。だが、小田嶋本人は最期まで口を閉ざしたままだった。

2009年にはブログの内容をまとめた書籍が出版され『最後の夏』と題された。

確定者の順列から考えても、もうそろそろ自分の番が回ってくるだろうという覚悟のうえでの「最後の夏」なのだろう。しかし、じっさいには、あれから7度の夏を過ごし、ついに執行の日は来なかったのである。

オウムの件でもわかるとおり、執行のタイミングは社会の風向きに大きく左右される。

哲学者の故 池田晶子氏と陸田真志元死刑囚との文通が始まった際にも同じことが起きた。執行は後回しにされ、2007年、池田氏が先に病死し、翌2008年、あとを追うかのように陸田が執行されている(文通の内容は『死と生きる』として出版)。

小田嶋のケースも同じだろう。たとえ本人が「最後の夏」と意気込んでも、ブログを開設し、ジャーナリスト斎藤充功氏との対話がスタートした時点で、法務官僚にとっては、なるべく触れたくない案件になってしまった。

小田嶋の生涯は刑務所を出たり入ったりだったようだが、文章も上手で、その内容も誠実。かつアタマがイイ。生家の周囲では「勉強熱心で本の好きな子ども」として記憶されている。

こどものころに母による無理心中未遂や、母から捨てられるなどの出来事があり、母親に憎悪を募らせる生涯だったようだ。

神仏の存在を信じられない悪人の私は、近々に迫る自分の死に対して、下記の言葉を唱えて覚悟をきめています。
良くても悪くても人生なんて、どうせ行きつく先は同じなのだ 死は、決して恐れることじゃない。生きることに比べれば死ぬことはたやすい。

毎月ブログにアクセスしていた一読者としては、こういう小田嶋にどうしても感情移入してしまう。したがってブログ開設以降の9年間、テレビ画面に執行のテロップが流れるたびにぼくの心拍数はあがり、「いよいよか」と小田嶋の名前を探してしまうということをくりかえした。

だが、ついに最後の夏は来なかった。2017年病死。

強盗殺人犯の中には、虐げられた生い立ちを持つものが多い。引退した谷垣元法務大臣も、2013年に8名の執行署に署名しているが、その際に

罪はもちろん憎むべきだが、非常にかわいそうな子供時代を送った者(死刑囚)がほとんど。こういう生き方しかできなかったのではないかと感じさせる面もあった

と述べている。

一方、サリン事件では、ぼくとまったくの同世代で、生まれも、育ちも、教育もそれほど大差のない、となりのクラスにいたような若者が、つぎつぎに実行犯として逮捕され、死刑判決を受け、そしていっせいに執行された。

というわけで、また"オウム"と書いてしまいました。

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