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白い服の女 (怪談っぽい?話)

だれが言ったのか忘れたけど

海を愛する者は詩人である。山を愛する者は哲学者である。

ということばがあったような気がする。ぼくは海沿いの町で育ったので、若い頃は、

家を建てるなら海沿いがいいなあ・・

などと夢想することはあった。しかし、その後いろんな場所で暮らしてみた結果として、今では

別に海沿いでなくても、山でも平野でもどこでもいいなあ・・

と思うようになっている。住み慣れると、それぞれの場所にそれぞれの良さがあり、どこもいいものだ。

そのうえで、川沿いで暮らすのもいいなあとおもうこともある。『男はつらいよ』のオープニングで、寅さんが実家に向かってぶらぶらと川沿いを歩くシーンがあるでしょう。江戸川だそうだけどいいですよね。

河川敷にグラウンドなどがあったりするところを、のんびり散歩したりするのもいいだろうなあ。

空港連絡バスに乗って羽田へ向かう途中で荒川をわたるのだが、食い入るように見入ってしまう。河川敷にゴルフコースなどがあり、のんびり釣り糸を垂れているオヤジが点在していて、こういうところで暮らすのもいいよなあと思ってしまう。

川のそばで暮らした1年

とはいえ、ぼくは1年だけ川沿いの町で暮らしたことがあるのだ。関東某所ということにしておこう。荒川や江戸川みたいに有名な川ではなくて、河川敷も狭くて細い川だが、その川沿いの道を毎晩ジョギングしていた。

それで、いきなり結論から言ってしまう感じになるけど、その川の向こう岸に斎場が建っていたのだった。しかし、ぼくは越してから半年くらい、その建物が斎場だということに気づかなかった。

こちらに入口を向けていれば気づいたと思うのだが、川に向いていたのは建物の背面だったので、

なんかの工場だろう

くらいに思っていた。しかし、あとでおもえば煙突らしきものはあったのだ。しかし言われなければ煙突とは気づかないようなささやかなものだ。

斎場の煙突というと、昭和の風呂屋みたいな、コンクリートの土管のデカい奴みたいなのを思い浮かべるでしょう?しかし、実物は違う。

雨どいくらいの細さの金属製の管が3本、背面をまっすぐに建物の上の方まで伸びていたので、あれがたぶん煙突なのだろうと思う。ただし、はたして煙突だったのかどうか、今でも自信がないくらいにささやかなものだった。

しかも、煙が上がっているところなど見たこともない。もしかするといまは高性能化しているので、目に見える煙などは上がらない仕組みになっているのではないだろうか。よくはわからないけど。

ガッツのある学生たち

近所には大学があって、だれでも名前を聞いたことのある大きな大学である。そして、そこの学生らしき一団が、しばしばその建物のすぐ下の河原でバーベキューをやっていた。当時はなんとも思わずにその光景を見ていたのだが、後になってみれば、

あそこで牛の肉を焼くって、なかなかやるな

などと思う。・・というわけで、何をいいたいかと言うと、その「煙突らしきもの」からは、学生の焼く牛の肉ほどの煙が上がっているのもついぞ見たことはないということだ。それくらいだから、気づかなかったわけである。

〇洋大学の学生たちも、ぼくと同じように、そういう場所だとはつゆ知らずに無邪気に肉を焼いていたのかもしれないし、あるいは、意味のないガッツを見せていたのかもしれないが、それも今となっては定かではない。

ただし、あとで考えればいろいろ腑に落ちることもある。私鉄の駅から斎場まではなだらかな坂を下って一直線なのだが、その下り坂を黒い喪服に身を包んだ人々がやけにたくさん歩いているのである。当たり前と言えば当たり前なのだが、ぼくは

なんでこんなにたくさんの喪服の人とすれちがうのだろう

とのんきに思っていた。

ある日のこと・・

さて、その斎場の裏側で怪談っぽい体験をしたわけだが、長いこと思い出したことがなくて、こないだ友だちと河川敷をドライブしていて「川沿いで暮らすのもいいなあ・・」などとしゃべっているうちに急に思い出した。彼に語った話をそのまま掲載することにする。

上に書いた通り、ぼくのジョギングコースはその川沿いの道だったのだが、当時は、毎日タイムトライアルのようなことをやっていた。腕時計のタイマーを30分にセットして、川のこちら側の岸からスタートして、遠くの方の橋まで行き、そこで、向こう岸にわたる。そうして斎場の裏のあたりまで帰ってくると、だいたい30分なのである。

斎場の手前あたりにトンネルがあって、そこを抜けると斎場の裏にでるのだが、いつもはトンネルの真ん中あたりまで走ったところでタイマーが鳴っていた。

だいたい夜の7時から8時あたりに走っていたんだけど、川沿いの道は街灯がついていないので暗く、トンネルの中は真っ暗で、出口だけを見て走っていたことをおぼえている。

そんなある日、仕事が遅くなって真夜中に走ったことがあった。その日もトンネルの中でタイマーが鳴ったような気がするけど、それからクールダウンを兼ねてしばらく歩く。そうして、斎場の手前まで来ると、ベンチに「白い服を着た女の人」がほほえみながら座っていたのが見えた。

服装ははっきりと覚えていないけど、白い服だったのはまちがいない。洋服だったのか和服だったのかもわからないが、ワンピースみたいなすらっとした感じではなくて、もうちょっとカッチリした服装だったような気がするけど、着物だったかと言われると自信がない。

ほほえみながら座っていたが、ぼくはジョギングの最中に人とすれちがったことがなく、まして夜中だったので、人がいることに

ドキーッ

としたことを覚えている。前を横切らねばならなかったのだが、なんか怖くてそちらを見ることができず、素知らぬ顔で通り過ぎた。すぐ先に橋があってそれをわたって向こう岸を帰ってくるときにさりげなく見たら、そのベンチには誰もいなかった。

話はこれだけだ。つまり

真夜中に川沿いのベンチに座っている白い服の女の人とすれ違った

だけである。べつに半透明だったとかそういうこともなくて、怪しげな感じもなく、ごく普通の人だったような気がするし、ほんとうにただの人だったのかもしれない。

しかし、なぜあの時間に白い服を着て、微笑みながら座っていたのか不思議で仕方がない。周囲にはバス停もコンビニも何もない。

ぼくは怪談の実体験というのがほとんどなく、これ以外にはおぼえているかぎりであと2つくらいしかレパートリーがないので、いちおう、これも怪談に数えてしまおうかなあ、などと思っている。

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