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フクロウのいる小さな森 第一章

  まだ、日も昇っていない朝。

  それなりに大きな、木造の家があった。
  リビングとキッチンを兼ねた部屋だけでなく、子供部屋が3つ。そして屋根裏部屋、応接室まである、この小さい村の中で一番大きな家屋だ。

 
暗闇の中、ゆっくりと差し足で歩く少女がいた。
  自分の部屋である屋根裏部屋から抜け出した少女は、三つ編みを揺らしながら、子供部屋の廊下やリビングを慎重に進み、玄関の 素朴な木の作りのドアを明けた。

  そして、次の瞬間、まるで何かに駆り立てられるように、雑多な作りのポストを漁った。

「ニール、ニール!」

  名前を呼ばれてビクン!と上半身が伸びた。
 「はい!!」と大きな声で返事をすると、いらいらした声が返ってくる。

  「朝から何をしているの!コソコソ自分の部屋から抜け出したと思ったら、手紙を盗もうってのかい!」

 

   手紙を2つか3つ手に持ち、振り返ったニールが見たのは、キッチンの暗闇の中で目を光らせて立っている、サシャおばさんだった。

  サシャおばさんは目ざとい。毎朝日の登らないうちから家の前の掃き掃除をしているサシャおばさんが、唯一早起きをしないで掃除もしない日曜日を狙って、あれだけ慎重に部屋から抜け出して来たのに。

   「違います!盗もうなんて思っていません!」

「何を言っているんだい?!お前に来る手紙なんぞ無いくせに、ポストを漁るわけが他にあるかい!」

 ニールはぐっと口の端を結んだ。

 


 今日はニールの15の誕生日だ。天涯孤独、赤ちゃんのときにこの村に捨てられていた所を、村一番の金持ちであるこの家に引き取られたのが彼女の人生の始まりなのだが、実は彼女にはサシャおばさんにも、この家の他の家族にも知られていない秘密があった。


  それは、ニールが赤ちゃんのときに一緒に捨てられていたペンダント。その中に入っていた小さな手紙だ。

 生まれたときから肌見放さず身につけていたペンダントの中にそれが入っていることに気がついたのは、10歳のころだった。

  当時3歳だった、サシャおばさんの息子ジョージに、ペンダントを引っ張る遊びを覚えられてしまった。その時に偶然見つけた、両親からの手紙である。


  なにかの本の切れ端のような紙には、こう書いてあった。

「あなたの15の誕生日に、必ず手紙を送ります。父、母より」


 そして、今。
ニールが手に持つ郵便の中の一つに、確かに「ニールへ」と書かれたものがあった。


 「おばさん、私は郵便物を盗みません。確かに、こんな朝早くにポストを見たのはおかしいかもしれませんが、それは、いつも朝早く起きて家の前を掃除して、ポストを確認してくれているおばさんのかわりに、何かできないかと思ってやったんです」

「ほぉぅ?」

 サシャおばさんが、片眉を上げる。 
よし、あとひといきだ。ニールはそう思った。

「サシャおばさんは、日曜日以外、毎日私達のために朝の支度をしてくれているでしょう?だから、サシャおばさんが掃除休みの今日に、私がおばさんのかわりになろうと思ったんです!」

 サシャおばさんの組まれた腕がピクと動いた。そして、上がった片眉は、ため息とともに下がっていった。


「そうかい。そうかい。そりゃ立派な心がけなこった。それじゃ、いつも私がやっている朝支度を全て頼むよ」

「わかりました!!」

 ニールはできる限り元気に返事をすると、手紙たちをそっと持ち替えて整えてから、いつもサシャおばさんが使っているほうきを握った。

 そして、玄関の掃き掃除を始めると、サシャおばさんがはゆっくりと、自分の部屋へ帰っていった。


 ニールは、バタンという扉が閉まった音を聞き取ると、ふーーーっ、とため息を付いた。

  そして手の中にある「ニールへ」という文字しか封筒に書かれていない手紙だけを持って、その他をリビングのテーブルに放りだした。

 まるで何千何百万もする宝石を手にしているように、震えながら両手でつまみ、それを観察した。

  何の変哲もない、横長の白い封筒。だが、所々茶色いシミや、折り目の筋が入っている。

 この辺の郵便はキチンと管理されていて、宛先である住所がないと、宛先不明ボックスへ入れられてしまうらしい。
  手紙の外側をどう調べても「ニールへ」という名前しか書いていないのにどうしてここへ届いたのだろう。

  ニールは震える手で手紙をそっと開き、何枚か入っている髪をおおきなめでじっと見つめて読み始めた。

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