理想と現実、思い込み

「バスケ部入ろうよ」

キャプテンだった迫智子に誘われて入部を決めたが、朝7時半から朝課外、6時間授業、部活が終われば夜の7時半、疲れ果てて帰宅する高校生活が始まり、勉強などする余裕など毛頭になく、入学後初めての中間テストでクラスの下から4番目の成績を取ったことで、全ての意欲を失った。

自分のことに精一杯で2年ほど交際していた彼氏にもフラれ、全てを投げ出すかのごとく家出をした。やっと手に入れたモデルへの切符も、もうどうでも良い、と西方海岸にヤンチャな友人と出かけた。

Tシャツに短パンで、海に浮かびながら空を見上げると、眩しすぎて自然と目を閉じた。海水に耳を圧迫され、音が遮断されたと感じた瞬間、私が欲しかったのは、何も考えなくて良い静かな時間だったのだと実感した。

2,3日だっただろうか、学校に行っていない友達の家に居候して、新田神社付近をウロついているとクラスメイトに出くわした。

彼とはそこまで親密に話したこともなかったが、よく冗談を言って、みんなに慕われる、なんでも笑いに変えられるような人だった。絡みがウザいと思って内心苦手意識のあった下八尻(しもはちじり)栄作に会ってしまったのは、失態だ。

「何やってんの、お前」

「え、家出中」

「なんでえ、学校来いよ」

「なんか疲れちゃった。学校も辞めたい。楽しくない」

「楽しいって。絶対学校辞めないほうが良いよ。辞めて何すんの、お前モデルになりたかったんじゃないの」

「そうだけど、とにかく疲れた。何もしたくないんだって。ってえいちゃん今帰りなの?早くない?」

「ああ、俺帰宅部だし、早く帰って母ちゃんの手伝いしてあげなきゃだから」

「そうなんだ」

「まあさ、まだ入学してすぐだから、辞めるって決めるには早いんじゃない?簡単に決めないほうが良いよ」

「そうだね、って言うか家出の話、みんなには言わないでね」

「言わないよ、そんなこと。とにかく、お前学校来いよ。もしクラスのやつがお前に何か言ったりしたら俺が庇ってやっから」

ただただ驚いた。悪ふざけの過ぎるえいちゃんが、男前なことを言うものだから、苦手意識を持っていた自分がどこかに消えた。それと同時に、全部うまくやろうとするから苦しいんだ、と言うことに気が付いて、バスケ部を辞めることを決意した。







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