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月をどう捉えるか?~月の欠損~

マドモアゼル愛先生の「月の欠損」が、静かに密やかに?星読み界隈を賑わせているようです。愛先生から占星術の基礎を学び、月についてもセミナーを受けているユリシスは、当然「月は欠損・月理論」を支持しているわけです。(アンチの方も、ここで止めないで、最後まで読んで下さると嬉しいな~)

しかし、占星術における、この「月」という天体ほど、私たちの生々しい感情を湧き立たせる星は他にないでしょうね。「月の欠損」で検索すると、相当量の考察や意見が上がってきます。それを手当たり次第に読み進めてみました。

全面的に支持するという方、8割方支持しているけれど、少し異論ありの方が7割程度かな~という印象。残りの3割は、半分くらいは支持するという方、全く賛同できないという方、極論すぎて無理、はたまた、占星術界に不利益なことを言うなとご立腹の方w・・・様々です。


あまりにもひどい物言いのご意見を読んでいる時、「クッソみたいなこと言うとるわ、こいつアホか」と、私の素の感情が振れました。等身大でありのままの生々しい感情、お許しを。(汚い言葉で失礼っ)


はい、これが紛れもない「月」なのです。見ず知らずの御方にむかって「クソ・アホ」と言ってしまえるまでの感情が動くwこのようなあらゆる脊椎反応を「月」と定義しているわけです。


月の欠損でいうところの「月」とは無意識の反応、そのものを指します。砕いて言うと「生々しい感情」のことです。それも「怒り・不安・猜疑心・焦り・自己否定感・攻撃的で防御的な感情」つまり、おおよその負の感情たちです。それが起こる理由を示しているのが「チャート上の月」なのです。


誰だって、理性が吹き飛ぶくらいに過剰反応してしまう「特定の事柄」があるはずです。私は「裏切られたくない、私を理解してまるごと受け止めてほしい」という願い、というよりも「恐れ」を持っています。それもごく身近で大切な人にだけ向けられる「恐れ」です。さらに、それより少し軽めの「大人としてちゃんとできなかったらどうしよう」という恐れもあります。これが「月の欠損・月理論」で言われる「月蠍座の欠損」まさにそのままなのです。


どなたも必ず持っている「無意識下の恐れや不安」それが何等かのトリガーにより「脅かされる」と感じた時に、猛烈な猜疑心や攻撃性となり暴走を始めます。或いは、自己否定感や無価値観、底なしの虚しさ、孤独感や強い劣等感を呼び覚まします。


蠍座の月を持つユリシスは、私にとって大切なものである「月の欠損」をボロクソに言われると、即座に「自分が傷つかないように、自分を守ろうとして、月が激しく反応する」というわけです。そのブログの書き手は「私にとって大切な人」ではない、ただの見ず知らずの方であるため、瞬間的な怒りやイラダチで収まります。


しかし、これが恋人や配偶者、家族、親友ならば、いたいけなw蠍座の月はどん底に落とされます。もう必死で存在を賭けて、自己防衛反応としての怒りや疑いの念をぶちまけ、自ら、大切な関係性をブチ壊しにかかります。


月は欠損というキーワードに反応するのではなく、内側にある「恐れの大元」を見つけることこそが大切で、それこそが真に意味のあることです。占星術における「月」が欠損であろうがなかろうが、まずはどうでもいいのです。


自分自身を衝動的にさせ、不安にさせ、ひいては「人生を台無し」にさせる「無意識」に気がつくこと、つまり、内観にこそ意味があります。月の欠損が提唱する真意に気がつくには、占星術上の理論は関係ありません。内側に巣食う「無意識の恐れの形」に気がついた時、それが合っているか合っていないかは、自ずと明確になるでしょう。


「月は欠損」という説が世に出された時から、少なくとも2年以上かけて、私は内観し続けました。そして、ある時、明確に「私の中の恐れの大元」を観ることができました。衝撃でした。


これまで、パートナーや大切な人に対して、潜在下で抱いてきた恐れが見えた時「これが私の人生を狂わせていたのか!」とわかりました。その発見(一種の悟りと言える)は衝撃以外の何ものでもありませんでした。もしも、気がつかないままでいたなら、再び、私はパートナーシップを破綻させ、いよいよ絶望していたに違いありません。


私たちがどんなことを恐れ、どんな形の自己防衛反応をしているのか?
それが月の在り処なのです。



月が顕わす性質は「無意識の自己防衛反応」から身につけたもの、「母親や世界から愛されようとして」現れてきたものです。太陽が自ら輝き、他からの愛やエネルギーや評価を必要としないのに対して、月は「他者や世界からの愛と承認と庇護」を必要としています。



喜びと自己肯定感から生まれてくる感情や言動は太陽意識。

恐れと自己防衛から生まれてくる感情や言動は月意識。
シンプルにそう言えると思います。



太陽で生きると過剰反応は起こりません。愛を得よう、人を否定しようとは思わないのです。ただ、喜びがあるだけです。だって、自分が自分を太陽の光で輝かせているから、エネルギーが無限に湧いてくるのです。必死になって、自分を守る必要なんてどこにもありません。


あんなにも「パートナーの裏切り」を恐れていたのに、今、私は、そんなことを思う瞬間さえ無くなりました。魔法のようです☆


多くの方が月に気がついて、太陽で生きられますように・・・幸せに生きられますように・・・


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