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『ノマドランド』を観た

 ちょうど米アカデミー賞受賞が報じられた日に観た。緊急事態宣言下、東京では観られなくても千葉県では観られた。
 リーマンショック後に増えた、米国内をノマド(遊牧民)のように転々としながらキャンピングカーで暮らす高齢者たち。東海岸じゃ駐車するところもないともっぱら西部中心のようだ。
 私が2年前訪れたフェニックス辺りも彼らの行動地域だ。アリゾナ州のロケ地はクォーツサイト砂漠だそう。こういった自然と対峙するかのような場所が作品に深みを与えている。
 この作品の原作「ノマド:漂流する高齢労働者たち」の映画化権利を購入していたフランシス・マクドーマンドがジャオ監督にアプローチして映画が制作されることになったと言う。
 クロエ・ジャオ監督はアジア系女性で初めて監督賞を受賞、マクドーマンドは主演女優賞。そして作品賞とこの作品は最多三部門を受賞した。
 このノマドたちはホームレスではなくハウスレスと自称している。確かにホームレスのような貧困を余儀なくされていると言うより自らの意思でこの生活を選んでいるかのようにも見えた。
 家賃や家のローンに縛られることなく、繁忙期にはamazonで働いたり、キャンプ場で働いたりして金銭を得ている。資本主義とも共存している。amazonは象徴的だ。
 私は坂口恭平氏のトレーラーハウスで生活する話を思い出した。彼とて公園の水道やWi-Fiを拝借する。私たちは資本主義の現代に生きている。
 主人公のファーンは60歳を過ぎて夫を亡くし、ノマドとなった。姉や、ノマド仲間で親しくなった彼から、家で住むことを持ちかけられてもひとりこの生活を続けていく。
 登場人物はプロの俳優はマクドーマンドと、デイヴ役のデヴィッド・ストラザーンのみで、他は全員が一般のノマドたちというのが、いかにもドキュメンタリー風で作品にリアルさを与えている。
 主人公ファーンは孤独なひとり旅をしている割に人付き合いも良い。そんな彼女の出会いと別れ。「さよなら」と言わず「またね」と言うノマドたち。
 ファーンはガタがきている愛車も取り替えようとしないし、かつて住んでた、今は閉鎖された元自分の家へと向かう。過去もモノも簡単に捨てられない。もちろん資本主義の体制も。
 映画からはアメリカの現状が伝わってきた。ファーンの旅はどこまで続くのだろう。過去とこれからの折り合いをつけながら、
#映画感想文 #ノマドランド#エッセイ#クロエ・ジャオ#フランシス

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