見出し画像

クリスティーの華麗な傑作『ナイルに死す』登場人物相関図と感想

何度も映像化されたアガサ・クリスティーの不朽の名作『ナイルに死す』。

美貌と財産、社会的地位とすべてを兼ね備えたリネット・リッジウェイは友人ジャクリーヌの恋人であったサイモンを強引に奪い取り結婚する。リネットとサイモンはエジプトへ新婚旅行に旅立つが、どこに行ってもジャクリーヌにつきまとまわれる。そして、船という密室の中リネットは殺される。しかし最も強い動機のあるジャクリーヌには鉄壁のアリバイがあり…。

この登場人物紹介図は個人で作成したものです。
オフィシャルなものではありません。

登場人物に美男美女が多く、舞台もエジプト、そしてナイル川クルーズ船と絵になるシーンが多い華やかなミステリー。
人間関係の中心となるのは美貌の若き富豪リネットだが、脇役も個性豊かでクリスティーらしくサイドストーリーも充実している。若者たちの若さゆえの愚かな行動に辛辣なこともあるエルキュール・ポワロが、今回は優しくさとすシーンが印象的。
ミステリー、ロマンス、紀行ものと全方位を満足させる女王の傑作。読んで損はなしです!

以下ネタバレあり。


今作では他人に見えているものと実際の姿は往々にして違うということが繰り返し描かれる。

恋人をうばったリネットを嫉妬し、つけまわしているように見えたジャクリーヌは、実はリネットの財産を奪い取るためにサイモンとこの殺人を企てたのであった。そもそもリネットにサイモンを紹介し、結婚したくなるようにしむけたところから計画は始まっていた。サイモンはきちんとした家の生まれではあったが財産がなく忸怩たる思いをしており、サイモンを一途に愛するジャクリーヌは彼のためにこの計画に乗ったのだ。
というわけでリネットは殺されるような悪いことはしておらず、強いて言えば自分が負ける側にまわることを考えもしなかったという傲慢さ、ということになるのかもしれないが(常に自分が選ぶ側だと信じていたのでサイジャクペアに選ばされたということに気づかなかったわけで)いささか気の毒。そして「彼女は彼を愛しすぎている」と序盤からポワロに評されていたジャクリーヌも。とにかくサイモンがダメ。本当にダメ。

また、つんつんした美人のロザリーは実はアル中の母に悩まされる今でいうところのヤングケアラー。相談相手が誰よりも必要な傷ついた人物であった。立派な婦人である母親を大事にしつつもフラフラ生活しており自分の境遇に愚痴を言うティムに「あなたはお母さんというすばらしい財産を持っている」と言うシーンは胸をつかれ、この2人が恋に落ちるのは必然であった。ティムがやらかした犯罪が無罪放免なのはポアロの温情(今回優しいポアロ)ではあるが、読者としては少し気になる。

美しくも若くもないコーネリアはリネット一族のせいで財産をなくした家の娘で、裕福な親戚であるスカイラー夫人の面倒を見るために旅行に同行。リネットを恨んでいても仕方のない境遇であるが、彼女の美しさや豪奢な服装を賞賛する善良な人物。善良すぎて愚鈍に見えるほど。この彼女に興味を持つのが社会主義者のファーガスン。他人に対してひどく攻撃的で粗野な男なのだが、なにかとコーネリアの善良さに対してチクチク言って構ってくる。「ふーん、おもしれー女」と言ったところ。
権威主義であるスカイラー夫人はファーガスンなど論外と相手にしないが、実は彼は高貴な家の生まれであった。傲慢で無礼な若い男が実は御曹司というロマンス小説の男主人公の王道なんである。ラスト、ファーガスンはコーネリアに求愛する。
が!コーネリアはずっと年上のドイツ人の医者と結婚することに決めた、とこれを断るのだ!
ちなみにドイツ人医者って…?(上の登場人物紹介を参照)かなり年上で太っててスープをおいしそうに食べるあの医者です。あのってどの…。(クローズドサークル内の医者なのでなにかと重宝な存在ではあったがロマンスとしてはノーマーク)
その理由は自らの安定や身分の違いといったものではなく「あなたは優しくない」というしごくまっとうなものであった。おひとよしで、ややもすると愚鈍に見えた女性は、賢明で人を見る目も確かであったということである。ここスカッとしたなあ。

と、メインのミステリーも華麗なのですがロマンスも意外性があって秀逸。ラストはジャクリーヌの独壇場。愛のために何かを捨てた女の末路をこれでもかと見せつける。女王アガサ・クリスティーもお気に入りだったというのも納得の一冊。


この記事が参加している募集