スタジオセッション-245

日本男装史をたどる旅 – 柳都越後編

まとひ —— 気の向く着ものを身にまとい、
まつろわぬ —— 服従せずに独歩する。

「服」という漢字はおもしろい。「衣服」の「服」でもあり、「服従」の「服」でもある。身分、性別、年齢、職業。服を着るということは、なんらかの社会的な決まりに服従するということにもなりうる。

ところが……決して服従しなかった人々が、いま日本列島と呼ばれる島々には、連綿と生きてきた。

古くは、<バサラ>。政治的権力によって禁じられた服を身にまとい、闊歩する。これがのちに、女性とされる身体を持つものの男装から始まった伝統芸能<歌舞伎>につながった。のち、「なんか嫌になって、出勤電車と反対のやつ乗っちゃった」の中世版、<抜け参り>や、権力者の統制を踊り抜けるような集団祝祭狂乱<ええじゃないか>の際にも、身分や性別を越境して好き勝手な服を着る人々が、いた。

行けなくて本当に残念だったけれど、2019年に香川県丸亀市で行われた「丸亀レインボーパレード」は、地元伝統の「丸亀婆娑羅<バサラ>まつり」と同時開催されたらしい。すごく、嬉しかった。国際化のふりをしたアメリカ化の波で、世界各地のローカルカルチャーが均一化されていってしまうことを常々残念に思っていたのだけれど、権力に服従しない服を着る<バサラ>が<LGBT>と接続されたならば、ごちゃ混ぜになったならば、なんかやっと、「つぶされずにつながった」ってことだと思えるからだ。

一色しかない虹で塗りつぶしてしまわないように」っていう文章にも書いたんだけれど、「LGBTの人々が人口の○%います。生まれつきで変えられないから差別しちゃいけませんよ」という見方、わたしが呼ぶところの「種族的セクシュアリティ観」の、その外側を追求したいと思っている。もちろん、LGBTの社会運動そのものとか、種族的セクシュアリティ観とかを壊したいわけではない。その壁に守られた村の中でやっと安心できる人もたくさんいるんだと思う。けれど、その壁に守られた村に囲い込まれたくはないのだ。わたしは、外を知りたい。出入り口を建てたい。その壁の外で生きている人たちを、「遅れている」などとあざ笑うような明治インテリインペリアルしぐさに頼りたくはない。

ただ、ひとりで舟を漕ぎ出したいのだ。そこに海があるから、それだけの理由で。外側を知りたい。外側を知りたい。知りたい、知りたい、知りたいからやっていることの一つが、日本列島の男装の歴史をたどることだ。

来年夏に「日本男装史(仮題)」という本にしてお届けするつもりだ。男のものとされる服をまとひ、女かくあれという声にまつろわぬ生き方をした人々の生きたあとを。学問、医術、飛行、富士登山、そして、女を愛すること……かつて男にしか許されなかったあらゆるものを、男の身に生まれなかったけれども諦めずに手を伸ばした人々の生きたあとを。

この列島を一歩一歩、歩き回りながら。
郷土資料を一字一字、読み進めながら。
東京の国会図書館から全部見ようとするような、東京視点の見方をせずに、各地の人たち一人一人に、会いに行きながら。

そんな調査・執筆のもようを、少しずつお届けしたい。

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2019年10月2日。東京都内。
JR路線図を指でなぞり、東北を一回りするルートをノートに書き出した。
移動経路が一筆書きになるように切符を買えば電車賃が安く済むという、いわゆる「大回り乗車」の切符を求めることから、わたしの旅は始まった。
みどりの窓口の係員さんは機械に経路を打ち込み、自動販売機では買えない切符を差し出してくれた。東北一周、17490円(特急券別)。

わたしはどこからも研究費をもらっていない。給料も。どこにも所属しないで、自分で原稿を書いて稼ぐ個人事業主として調査・研究・執筆をする。くまなく日本中歩き回るために、できるだけ頭を使いたい。

最初に目指したのは、新潟だった。

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新潟を目指した理由は4つある。

ひとつは、故郷・南の港町、神奈川とは本州を横切って反対に位置する北の港町だってこと。

もうひとつは、男装カフェバーがあるらしいと聞いたこと(別の記事でレポートする)。

あともうひとつ、新米の美味しい季節だったから。

そして何より……糸魚川心中の起こった土地だったから。

情死せる二令嬢」。明治四十四年八月一日の新潟新聞がこう伝えている。女学校時代から交際してきた女性二人が、「別れて男と結婚しなさい」と父親に強いられたことを苦に、東京から新潟まで逃げ、数日間さまよいあるき、しかし生きる道が見つからず、一度は東京へ帰る道の途中まで引き返す切符を買いながらも結局は二人して入水自殺した事件だ。飛び込んだ海の名は、「親不知(おやしらず)」。意図してか、せずか。なぜ二人は新潟を目指したのか。東京から新潟へ、わたしはふたりがたどったルートをなぞるようにして旅立った。ひとりで。

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新潟到着。
駅で「パンのカブト」のパンと、新米おにぎりとを買い求め、歩きながらのランチタイムにして「新潟日報メディアシップ」に向かう。

ちょうど富本憲吉の展覧会をやっていた。富本憲吉は、富本一枝こと尾竹紅吉の夫となった人。尾竹紅吉は男装の著述家で、女権運動家・平塚らいてうの“左手でしてゐる恋”の相手だった。愛し崇めた女性・らいてうが、結局は男と結婚してしまい、自身もまた男の妻となった、そのあとも、紅吉は帯を男のように低く締め、台所でも本を読むことをやめなかったという。男装史を辿る旅の始まり、富本憲吉の名前を通して、わたしは紅吉を想った。

新潟日報で調べ物をすると、出るわ、出るわ、男装の歴史だらけ。新潟まつりを男装で練り歩く手古舞が、一度は滅びたけれども、2004年に復古しようと呼び掛けられたことを記録した記事。終戦時、男性兵士に暴行されないようにと、男装で潜伏して身を守った女性の手記。男装の従軍記者。性別や年齢を理由に、受験生の点数をこっそり不当に扱っていた医大について報じる際、医術の道を男装で目指した荻野吟子のことをちゃんと伝える、新潟日報の記者さんの心意気。書こう、伝えよう。めちゃくちゃやる気に燃えた。

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新潟駅付近を歩くとあちこちで見かけるのが、
「柳都(りゅうと)」
それから
「水の都」
という表現だ。

水が流れ、柳が風に流れる。
越後は、かつて遠流の地だった。
大きな力にはじき出されて、流され流れてたどりつく。
親鸞、日蓮、世阿弥、「出る杭」たちが打たれても打たれても出続けるのでひっこ抜かれて流された、都の北のはて。だからこそ気骨ある文化が花開いた(参考:新潟文化物語)。越後はまた、東と西とのはざまに位置する港町だったので、水の流れに乗って文化が混ざり合い、しなやかに優美に柳のように伸びていった。

「柳都」「水の都」って表現を目にしてすぐは、正直こう思っていた。「金沢も京都もあるじゃん? この日本列島に柳とか水が関係ない土地はだいぶ少なくない?」

そりゃそうなんだけど。水の流れに混ざり合い、柳のようにしなやかに。優美で静かな反骨が、越後の地には、満ちているのだ。……ってことが、実際に新潟駅周辺を歩き回って、やっと腑に落ちた。

糸魚川心中の二人は新潟から直江津に向かった。佐渡島にも行きたいけれど、今回は、二人の足跡を追うことを優先して諦めることにする。

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あのねえ、新潟はねえ、長いんですよ!

日が落ちる。ごはんを食べて、飲み歩く。
新潟の古町の人が、目を丸くしてそう言った。

「明日、直江津に? それから糸魚川? 一日で? よくも、まあ。新潟県外から来たならわからないでしょうけど、新潟市から見て、糸魚川市はね、ほぼ県外。東京からで例えると、山梨とか静岡に行くみたいな気合がいることなんですよ」

新潟の人が新潟の長さについて長々と語っている。「へえ、そうなんだやべえなあ」と思った。けど、米と酒が美味しすぎて頭がふわふわしてよくわからなかった。

わたしがあんまりぱくぱくにこにこもぐもぐしているせいで、聞いてないように見えたのか、新潟の人はさらにわたしに、新潟の長さを長々と語り続ける。

「だってね、新潟県はね、明治政府にやられる前は、廃藩置県される前は、それぞれ別々のお国だったんですからね!」

この、「明治政府にやられる前は」的な意識。神奈川育ちのわたしが知らなかったこの意識とは、これからの東北の旅で……もっというと、戊辰戦争で明治政府側に叩かれて「賊軍」扱いを受けた人たちの生きてたエリアを歩く旅で、これから何度も、再会することになる。

(つづく)

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