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糖質、オン

もう連絡が取れなくなっちゃったけど、モデルをやってる友達がいた。仕事現場で知り合った彼女のことをなんでただの「仕事現場にいた人」ではなくて友達だって思ったのかというと、彼女がこんなことを言ってて、「好き」ってなったからだ。

「プロのモデルって、女の子たちの憧れを体現する存在にならないといけないでしょう? 全部、女の子たちに見られてると思わなきゃ。どんなものをバッグに入れて、どんなコスメやファッションを選んで、どんなライフスタイルで生きるかってことまで、見られてるんだよ。だから、頑張ってる私アピールだかステマ案件だか知らないけど、”スムージーしか飲んでません”とか“アサイーボウルしか食べてません”みたいなことSNSに書くモデル、私、大っ嫌い。無責任だよ。それを真似した中学生の女の子が倒れるかもしれないんだよ。あんなこと絶対やっちゃダメ。」

ロコモコをモリモリ食べていた。

「いっぱい食べて、楽しく運動して、健康美を体現しなきゃいけないの」

ホワイトニングした歯が輝いた。「パインソーダがしみて痛い」と言っていた。「パインソーダがしみて痛い」とは、彼女のアメブロには書いていなかった。

彼女と連絡が取れなくなってから10年ほどがたち、わたしは、順調に10kgたくわえた。「いっぱい食べ」るのは大好きだ。でも「楽しく運動」できた試しなんかない。運動が嫌いだからだ。正確に言うと、運動するとよみがえってくるあの中学校時代の体育の授業の嫌な思い出が嫌で仕方ないからだ(「牧村がはみパンしてるぞー」「仮病だろう!サボりだろう!」「はい、二人ずつで組になって。あ、余っちゃったの?じゃ先生とやろっか」)。

少しずつ年をとり、少しずつ体重を増やしていくわたしを見て、劣化だとか、痩せろだとか言ってくる人もいた。腹が立ったので腹をいっぱいにした。ふぅ。もぐもぐしてぷくぷくしてきて、ヘラヘラした人からあごの下のお肉をたぷたぷされるのだった。「だって気持ち良さそうなんだもん」。うっせえ。それは人体だ。人体を「気持ち良さそう」という理由で突然たぷたぷするな。人体に敬意を払え。敬意が払えないならなんかこう、あれだ、こんにゃくとか握っとけ。

わたしは、こんにゃくばかり食べるようになった。

ごはんをおからに置き換え、無糖炭酸水を飲み、「水分と繊維しかないじゃん」みたいな食生活を送り続けた。どうしてもお腹が空いた時は、おかゆかスープでお腹を満たした。

「わたし、糖質オフしてるので……」

すごくかわいい女の人がパーティ料理を勧められてそう断った。

「知ってる? 男はちょっとぽっちゃりの女子が好きなんだよ」

すごくかわいい女の人にロックオンしている男の人がそう言った。

「なんでお前のためだと思ったの? なんで男のためだと思ったの?」

めっちゃくちゃビッシビシに突っ込んで、パーティにいる人たちがなんかわーってなった。わたしがわりとマジで怒っているこの空気を、笑うことで流そうとしてくれたんだなって思った。めちゃくちゃ腹が立った。って言うか、嫉妬した。「男はちょっとぽっちゃりの女子が好きなんだよ」などと、誰かの体についての性的な好みを悪びれず垂れ流す許可を自分に与えているというその特権ポジション感に。女がする努力は男のためだと無邪気に思えるその自己中心的な感覚に。何より、「はぽっちゃりが好き」じゃなくて「はぽっちゃりが好き」と、勝手に「俺たち男」で代表ヅラをしてエアチームプレイでものを言ってくるその感じに。お前と他の男を一緒にすんなよ。お前にはわからねえだろう。その「俺たち男」チームのスクラムに入れられて「な?な?」されて「うん」しちゃう感じの男が飲み込んだ言葉を。お前にはわからねえだろう。女を愛する女であるわたしが、女を愛する許可を自分自身に与えられずにどれだけ煩悶してきたかを。ふざけんな。彼女に糖質オフをさせろ。HER BODY HER CHOICEだ。タワレコのフォントで書いてポスターにしてお前の部屋に貼ってやろうか(NO MUSIC NO LIFE)。彼女が糖質オフをするかどうか、それはお前のための選択じゃねえ、彼女が決めることだ。

ビッシビシに言った帰り道、自覚した。

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