京都SM官能小説 『縄宵小路』 第18回
第三章「調(しらべ)」其の六
「離れ」は高筒庵の敷地内の高台に佇む建物だった。家政婦の仕事では離れに行くことはなかったので、初めてそこに入れることに少しだけワクワクした。運転手の廣瀬さんがいるからか、 高辻には先ほどまでのような気さくさが感じられなかった。
五分ほどの道のりの途中で高辻は永楽さんに連絡して書斎にある手提げを玄関に持ってくるよう伝えていた。
高筒庵の敷地に入ると車は母屋の前に停まった。廣瀬さんがドアを開けてくれたので、お礼を言って車から降りた。高辻は玄関で待っていた永楽さんから高級感のある白い手提げの紙袋を受け取る。皆いつも通りで特に変わった様子は何もなかった。
永楽さんに小さくお辞儀をしてから高辻の後をついて母屋へ向かう。庭園の大きな池を半周してから緩やかな上り坂の小道を登る。途中私を気遣うように二度、三度後ろを振り向く。私は少し笑顔を作って答えた。
一分あまり登ったところに綺麗に整えられた芝生の庭園と決して新しくはないが洗練された外観の立派な建物が現れた。「離れ」という言葉から鄙びた旅館のような建物を想像していたので、初めはこれが離れだとは思わなかった。高辻は大きなテラスのある玄関へ向かい鍵を開ける。
「優里香さん、こちらへ」
高辻にそう言われてようやくこれが「離れ」だということを認識した。
玄関を入ると吹き抜けの広い空間だった。ガレリアと呼ばれる広い玄関ホールを通り抜けリビングに入った。高辻は大きなソファセットのテーブルに荷物を置くと、奥にあるキッチンスペースへ向かう。大きなガラス張りのワインセラーらしき棚からワインを取り出しワイングラスとオープナーをキッチンのカウンターに置いた。
「優里香さん、座って構わないよ」
高辻はそう言うと慣れた手つきでワインの封を開けコルク栓を抜いた。2つのグラスに深紅のワインが注がれる。両手にグラスを持ちキッチンスペースから出てきた。そして私に向かって軽く微笑むと、グラスの一つを私に手渡ししてL字に並ぶソファの対角に腰を下ろした。
「では今日の仕事の残りの半分を始めよう」
そう言ってグラスを合わせてくる。私は何のことかわからないまま半信半疑でグラスを合わせた。
「仕事の話はまだ・・なのでは・・」
私は疑問をそのまま口にした。高辻は軽く笑いながら頷く。
「今日の仕事は僕が君のことを知ることなんだ」
そう言ってワインを口に含みグラスをおいた。
「まあ、これは今日一日で終わることではないんだが・・」
そう言われて一層謎が深まってしまう。
「私のことって・・」
高辻は言葉の続きが出てこないのを確認して続ける。
「ランチでは君の人となりを知れた」
確かに私は彼に自分のことをいろいろ打ち明けていた。
「ここではそれ以外のことを知ろうと思う」
高辻は私の目を見つめながら声色ひとつ変えずに言った。
(人となり?・・それ以外のこと?・・)
彼の言うことが理解ができずに緊張で頭が真っ白になっていくのを自覚する。ただひとつ、まだ確証はないが、私は高辻との仕事が普通のことではないのかもしれないことを悟り始めた。
つづく
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