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“痛み”という快楽に溺れたい。

このタイトルだけを読んで、私がボンテージ姿で鞭を持っている姿を想像したそこの君たち。

実に甘い。

そして、浅い。

1. 生まれながらの活火山持ち

皆さんは、日頃ストレスが溜まった時にどのように発散しているだろうか。

食べることや飲むことで発散する人、エクササイズで汗を流して発散する人、穏やかなヨガや瞑想で発散する人など、その発散方法は様々だろう。

また、軽度のストレスなら一晩寝れば忘れられるかもしれないが、30歳を過ぎるとストレスの種類も複雑さを増し、抱えるものが大きくなってくると、もう寝ようが飲もうが大したストレス軽減効果なんぞ無いのである。

どんなに小さなストレスであっても、その日頃のストレスが地道にコツコツと積もり、最終的に火山のように噴火したあかつきには、もう対処の仕様はなく、況してやそれが生理前だなんて時には、ただの地獄である。


私は、基本的に常に忙しく移動していたい人間で、特に日本に滞在する時間が長くなればなるほどに調子が狂う為、いつからか“国外逃亡癖”が著しい。

元々、頻繁に怒ったりキレたりするといったアグレッシブな性格ではなく、見た目とは裏腹に割と穏やかな菩薩系女子である為、怒りという感情やストレスを上手に発散することがあまり得意ではなく、幼少期から常に心に活火山を抱える人間だった。

そんな私は、ここ最近何かと国内で忙しく生活していた為に日本での滞在を余儀なくされ、こうして溜まりに溜まったストレスがいよいよ絶頂に達しようとする頃、私に少しずつ異変が起こるのであった。

2. “辛味”という救世主

先程述べた通り、私は慢性の国外逃亡癖がある。

しかし、それは決して悪い意味では決してなく、それによって平常心や自我というものをうまくコントロールすることができるので、私にとっては代わりの効かない適切なストレス対処法なのだ。

しかし、勿論のことだが、この方法は常に自分の希望通りのタイミングで実行出来るわけではなく、時期や状況によっては、何ヶ月も飛行機に乗れないなんて事もある。


そういった、自分一人でストレスをうまく発散できない時、私が先ず最初に逃げた先は「辛味」という刺激物であった。

数年前に気づいたのだが、私はどうやらストレスや疲れが溜まると急に狂った様にカレーに凝り始めるようで、一旦そのゾーンに入ってしまうと、都内で評判のいいカレー屋を探し回っては飽きるほど食べ続ける上に、いつしかカレーに求める辛さも日に日に増していくのであった。

「ずっとカレーもなぁ…。」と、この長引く突発性カレーシンドロームに蝕まれた自分に対し不安を感じ、気分転換を兼ねて蕎麦屋に行っても、無意識にカレー南蛮そばを頼んでいる自分にゾッとしたという逸話もある。

しかし、これはまだまだ序の口で、その後カレーのスパイスで得られる刺激では満足できなくなってしまった私は、辛味のジャンルを南インドから中国の四川へと路線変更し、今度はひたすら麻婆豆腐にハマるのであった。

麻婆豆腐が美味しいと評判のお店から、近くのスーパーやコンビニを毎日駆けずり回り、片っ端から私が求める“辛味”という刺激を追求し続け、数年前までは自宅で可愛く丸美屋を食べていたはずなのに、今では新宿 中村屋の“辛さ、ほとばしる麻婆豆腐 辛口”を経由して、遂には陳麻婆豆腐に山椒を豪快に振り撒くという辛さの王道へと着地。

「陳はいつだって私を裏切らない。」と言いながら目には涙を浮かべ、旨みをかき消すほどの辛い麻婆豆腐を、ただひたすらヒーヒー言いながら頬張り続ける自分が時折滑稽に思えるのだが、何故かこういう方法でしかこの底無しの逃げ場のないイライラを抑えることが出来ないのであった。

そんな終わりなきストレスと辛味との戦いを繰り広げていた矢先、突如私の口内に違和感が走った。

3. 疼く歯肉


「右上の奥歯の辺りが、なんか痛い…。」


激痛までとは言わないが、奥歯に感じるあのジンジンと地響きのような鈍痛。

そう、“親知らず”である。

親知らずの痛みが分からない方の為に説明するが、一時的な激痛などとは違い、狭い隙間に数ヶ月から数年の時をかけて、徐々に口内奥地に城を築き始めることで、なんとも説明し難いじんじんとした鈍痛を生み、まるで黒幕かのように、その存在をひた隠しにしながらも痛みを使って存在をアピールしてくるのである。

言うならば、電車内で既に満席だという座席に、お尻をブンブンと振って割り込んで座ってくるおばちゃんみたいなものだろうか。


私は、この年齢にもなっても尚、利用価値の無い無駄な歯が生えてくるという、全く得のない生物学的構造に人間という生命体の進化を疑い、むしろその遅咲きの自己顕示欲に嫌気がさすのだが、彼らはそんなことはお構いなしで、大杉漣ばりの黒幕・親知らず様が、私の口内右上奥地に白昼堂々と無許可で城を構えようと絶賛工事中なのである。

「これも一時的な痛みだろう…。」と鎮痛剤を服用し数日様子を見てみたが効果は一向に見られず、どうやらこの大杉蓮はじりじりと私の口内に猛威を振るい始めているようであった。

決して我慢できないほどの痛みではなかった為に、静かに痛み続ける奥歯の工事をおよそ1ヶ月以上見守っていたのだが、遅かれ早かれ抜くであろうものならば、一層のこと若い芽は早い段階で摘んでおこうと決心し、仕方なく近所で評判の良い歯医者を探した。

4. 確信犯

当日受付が可能な近所で評判の良い歯医者を見つけた私は、直ぐさまその場で電話をかけ、「親知らずが痛むので、診て欲しい。」と伝えて急遽その歯医者へと向かった。

そしてこの時、既に私の中には、“願わくば今日抜いて欲しい。”という感情が明確にあり、尚且つそれはこの親知らずの鈍痛から解放されたいからでは一切なく、ただカレーや麻婆豆腐に次ぐ新たな刺激への欲求でしかなかった。

皆さんも、もうお気づきだろう。

私のストレスは遂に絶頂を迎え、食べ物で得られる辛味という刺激を通り越し、“強制抜歯”という刺激というよりただの痛みを求めるという新たな境地に足を踏み入れたのである。

そんな明らかな変態性を内側に隠して到着した歯医者は、流石に人気なだけあって常に混んでいる様子だったが、院内は清潔感があり、柑橘系の爽やかなアロマが非常に心地よく、全く不安を感じる暇なくスムーズにレントゲンを撮り、治療室へ案内された。


そして、颯爽と院長先生が現れ、早速奥歯を診てもらうと、

「あぁ、これね。」

「この親知らずが外側に当たって痛いんだ。」

と、淡々と私の奥歯の状況を診ながら説明し、

「一般的な流れだと、今回はとりあえず歯の状況を診させてもらって、もし抜歯を希望であれば、次回っていう流れになるかな。」

「受付で次回の予約を取ってね。」

と、カルテを持って外方を向いてしまった。


私は、その言葉を聞いて「そりゃ普通は初診で抜いてもらえないよなぁ…。仕方ないか…。」と思いつつも、どうしても今、痛みという刺激物が欲しい私は、簡単にここで引き下がるわけにはいかないのである。

負けられない試合がここにあるのだ。


そして私は、

「そうですよねぇ…。」

「でも、先生。」

「これが結構痛いんですよねぇ…。」

と、私はなんとただただ強制抜歯によって得られる快楽欲しさに大した痛くもない右頬を押さえ偽りの痛みをアピールし、プロの院長相手に「え、こんなにも痛みに苦しむ患者を放って、まさか次回まで待てと言うんですか?How dare you!!」と言わんばかりの冷ややかな視線と空気を送りつけるという強行に出たのである。

もう、ここまでくると私には一切の「理性」や「倫理観」などは微塵もなく、私はただの病的な欲しがり屋さんという最終形態に姿を変えた。

5. 痛みと快楽

思いの外粘る新規患者に院長は少し動揺した様子だったが、私のこの変態性溢れる決死の想いとパッションが届いたのか、院長は「ちょっと待ってて。」と言って治療室を後にした。

私は、何だか学生時代に好きな人に告白して答えを待つ時のようなドキドキ感を感じながら、既に汗で湿った両手を握りしめた。


そして、5分後。

院長が私の元へと帰還し、こう告げたのである。

「今日はね、窪さんの次の予約の患者さんが小さいお子様でねぇ。」

「簡単な治療で、予想以上に早く処置を終わらせる事ができたので…。」



「窪さんが、今抜く覚悟が出来てるなら抜いちゃいますけど?」



…………。



キターーーーーーーーー(゚∀゚)ーーーーーーーーーー!!



私のテンションは、ハットトリックを決めたサッカー選手並みに一気にブチ上げMAX。そして、この院長の爽やかな上から目線Sっ気仕様の強制抜歯のお誘いに、私は抜歯する前に昇天しそうなのであった。

私は、悩む隙なく「はいっ!抜いちゃってくださいっ!!」と満面の笑みで返答し、院長は、そんな異常性しかない私に若干引きながらも手早く準備をし、「ちょっとチクっとしますよぉ〜。」と麻酔を打ち始めた。

もう、既に1本目の麻酔を打ち始めた段階で私のアドレナリンは秒速で急上昇。このなんとも言えない緊張感と刺激が楽しくて堪らないのである。


そして、いざ決戦の時。

院長は、繊細ながらも力一杯、この右上奥という土壌に堂々と居座る大杉漣を勢いよく引っ張った。

「バリバリバリ…。」という謎の不快音と痛みという二重奏が、より一層私の興奮度を高め気分は最高潮なのだが、それと同時にこの幸せに満ちた時間がもうすぐ終わりを迎えるという現実を哀しんだ。


しかし、予想外にもこの戦いは難航し、

「あれぇぇえ?」

「なんか引っかかってるのかなぁ…?」

「うーん…、もうちょっと頑張ってね。」

と、院長の口からはなんと、患者の不安をただ煽るというとんでも発言が繰り出されるが、この最終形態を迎えた今の私にとっては、その不安を煽る発言さえも、ある種「言葉攻め」という非常に美味しい興奮要素。

そう簡単には話を終わらせまいと、大杉漣は私にドラマティックにここでも良い芝居を打ってくれるのである。渋い。渋いねぇ。


その時だった。

スポーーーーーーンッッ!!!!!

長らく、悪事を働いていた大杉漣が私の口内から退いたその瞬間、私の心は一気に歓喜に沸いて言葉にならない爽快感と幸福感に包まれた。

これぞ私の至高のデトックス。

「イェス、イェス、イェーーーーーーーーースッ!!」とガッツポーズをし、私の身体のありとあらゆる細胞たちが万歳三唱を繰り返し、自分自身を祝福した。


「はーい、お疲れ様でした。」

「抜けましたよー。」

と、大仕事終えた院長は、ここがまるでスターバックスなのかと勘違いしてしまうほど爽やかに、「持ち帰ります?」と親知らずのテイクアウトを勧めてくるのであった。

カレー、麻婆豆腐の“辛味”に次ぐ“痛み”という快楽を得て大変満足した私は、共に生きた大杉漣を持ち帰る事なくその場で永遠の別れを告げ、頬にぎゅうぎゅうに綿を詰めたなんとも無様なハムスター顔で、華麗に歯医者を後にしたのである。


「最近、辛いものに凝っていて…。」というそこの貴方。

明日は我が身。


窪 ゆりか

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