「感情」は一旦引き出しに仕舞ってくれ。
この話は、いつもと同様私の身に実際に起きた話だ。
そして、前回のシリーズ記事「窪さん、オーストラリアに入国拒否されるの巻」から続くおまけ編となるので、先にそちらを読んでから今回の話を読み進めることを強くお薦めする。
1. 悲劇のミルフィーユ
突如空港のカウンターにて、オーストラリアへの入国及び、オーストラリアへ向かう機内への搭乗拒否を喰らった私は、ただただ「無駄」としか言い様のない、大きなキャリーケースを片手にその場に立ち尽くすしかなかった。
その状況下でも「とりあえず今出来る事を」と思い、私はこの如何しようも無い苛立ちと虚しさを抱えながら、ビザ取得の代行会社にこの事態の責任の所在を明らかにすべく、その場で急いで電話をかけた。
「ピッポッパッポッ…………。」
いつになくこの電話が繋がるまでの数秒が長く感じた。
そして電話が繋がったその瞬間、私はこの遣る瀬ない思いを必死に伝えようとした。
「あっ…あの!」
「先日そちらでETASの取得代行をお願いした者ですが……。」
そんな私の言葉に逆に畳み掛ける様に、電話越しからは何やらぶっきら棒な女性の言葉が聞こえた。
「本日の営業は終了いたしました。」
なぁぁぁああああにぃぃいいいい?!
私は激しく動揺しながら携帯の時刻を確認すると、現在18:03pm。
急いで代行会社の公式webサイトをググって営業時間を確認すると、その日の営業時間は18時で終了だった。
その時、私は今この瞬間だけは絶対的にこの世で最も不幸な人間なんだと感じ、自暴自棄に陥った。
「何ならこのままこの場でチケット取り直して、違う国にでも行くか」と、今自分の身に起こっている悲劇から逃げる為だけの、甘い誘惑が脳裏に過ったものの、現実問題私はオーストラリアの航空チケット代9万円を既に無駄に被っていたのである。
入国していなければ搭乗さえもしていない、ただの紙切れと化した航空チケット。
大陸に何故か自分が悪人に仕立てられ、罵られ、ファーストクラスのレッドカーペットで辱しめの刑に処されるというとんでもない仕打ちを受けているのにも関わらず、私はそれに対して9万円を支払うという究極のSMプレイに絶望した。
「落ち着くんだ自分…。」
「この悪い流れで余計な事すると、その先ろくな事にならんぞ…!」
「大人になれよ、ゆりちゃん!」
私は、まるでピッチに立つ本田圭佑かのように自分の中で暴れている感情をどうにか抑制し、自分で自分を宥めた。
飽く迄これは私の場合だが、こういった悪い出来事が連続して起こり、自分の力ではどうにも挽回できない時というものが、人生に幾度とある。
何をしても見事に上手くいかず、蟻地獄のように動けば動くほどにどんどん泥沼に嵌るのだ。
そういった時に「悪いことの後には良いことがある」と楽観的に捉えて自ら新たにアクションを起こすと、かなり高い確率で大火傷をするという事を、人生30年を生きてきた私は知っていた。
こうして大人になった私は、自分の中の荒馬が暴走する前にその場を立ち去り、度重なる悲劇という土産と、全くもって必要のなかった大きなキャリーケースと共に「一旦帰宅」という策を取ったのである。
2. ロジカルvsエモーショナル
私は今思い付く望みを全てを諦めて、溜息をつきながら電車のドアに凭れ掛かり、オーストラリアの現地で合流するはずだったセクシーフレンチガイに連絡を取るべく携帯の画面を開いた。
「そっちは順調?」
「こっちで先に待ってるから、早くおいで!」
と、そこには今の私に追い討ちをかけるような、何とも虚しい言葉が転がっていた。
そして私は、事実起こってしまった悲劇の内容と今の現状を彼に説明し、結論としてオーストラリアには行けないことを伝えた。
「何てことだっ!!」
「そんなの信じられないよっ!!」
と、彼は私以上に動揺を隠せない様子だったが、一番この状況を信じられないのは間違いなく彼ではなく、私なのである。
常日頃ロマンティック街道を爆走する彼は、引き続きかなり落ち込んだ様子でこの現実をひどく悲しみ、それからなんと数時間に渡り、ひたすら私に悲しみのメッセージを淡々と送ってきた。
「すごく悲しいよ!」
「僕はこの旅行をすごく楽しみにしていたのに!!」
「君がここに来れないなんて信じられない!!!」
「こんなにも君に会いたいのに!!!!」
うんうん。
分かった分かった。
お前のその熱い想いと悲痛な叫びは分かった。
寧ろ、お前からの膨大な悲しみのメッセージのおかげで、私はもうお腹が一杯だ。
けどな、既に起こってしまった出来事を悲観し続けても現実は決して変わることはなく、泣こうが喚こうが時というものは無残にも刻々と過ぎるのである。
そして、いつまで経っても悲しみと現実逃避で頭が一杯の彼を余所に、その時の私の頭は、何の意味も成さずに消えた9人の諭吉のことで一杯だった。
旅費全額負担の条件付きバカンスであるにも関わらず、何の保証もなく先に航空チケットだけを先払いしてしまった私も少々迂闊であったにせよ、今回の事態は完全に想定外で事前に自分で防げるようなものでもなければ、「自己責任」という言葉で全てを片付けられるような事でもなかった。
余りに酷い仕打ちを食らい続け疲弊していた私は、私より恐らく20年は長く生きているであろう彼に、どうにか大人としてこの事態を収めて欲しかったが、彼はそういった期待とは裏腹にこう続けるのであった。
「はぁ…」
「まさかこんな事が起きるなんて…」
「僕に何かできることがあれば…」
「もし僕が、今君の側にいて助けてあげられたなら…!!」
………。
ちげぇぇええんだよなぁーーーー!!!!
わざわざ側に居なくても海外送金できるんだよなーーー!!!!!
このような非常事態で、敢えてIfを使った仮定法過去「もし〇〇だったら、〇〇だったのに」を用いて、自分の上っ面の優しさだけはアピールしながら、実際は問題解決に一切手を貸さない“THE 偽善者”ほどイラつくものはない。
そして、この発言によって多くの方を敵に回す事を覚悟で言わせてもらうが「何も出来ないけど側に居たい」という言動は、よっぽど親密な関係性を除いては「独りよがり」にしかならないのである。
私は思わず、安達祐実と並ぶ迫真の面構えで「同情するなら金をくれ!」と一人泣き叫んだ。
しかし、私の想像と違った意味で飛型点を超えてくるこの彼は、一切空気を読むことなく、私に対してこう続けるのである。
「今回のオーストラリアの件は仕方ないから、その代わりバンコクで会わないか?」
………。
お前は此の期に及んで一体何を言ってるんだ?
今起きている問題が一切未解決のまま、更に自ら負債を重ねてバンコクに来いと提案できる、お前の脳みその構造が知りたいよ私は。
そんなイラつきを必死に抑えつつ、私は「勿論、少なからず私にも落ち度があるにせよ、最初に自分が旅費は全額負担すると約束したんだから、そこをしっかり話さないで楽しく次の予定なんて組めないわ」と冷静に答えた。
私は、この発言を皮切りに早急に「示談」という形で円満解決に向かうと思いきや、彼からの返事はこうだった。
「君は僕に会いたくないのか?」
「さみしくないのか?!」
「俺はこんなにも君に会いたいのにっ!!!」
………。
は?
念の為、今の私の心の声が聞こえなかった方々に、敢えてもう一度言わせてもらう。
は??
この状況下でまだ「会いたい」だの「寂しい」だの、絶対的に実現不可能な望みを永遠とぶーたれる心理が、私には一切理解できないのである。
しかし、これで私が彼に対して怒り狂っても、結果的に何も進歩もしなけりゃ解決もしないと悟った私は、不本意ながらも即座に安っぽい女優へと変身して彼にこう語り掛けた。
「うんうん」
「私だって、勿論寂しいし、すごく会いたいよ(恐ろしく棒読み)」
「でもね。貴方のその気持ちはものすごく分かるけど、それだと何も解決しないし次の予定も組めないから、そういう『感情』は一旦置いておいてくれるかな?(目がうるうるした絵文字)」
私は、この状況をとりあえず解決に向かわせる為、彼にどうにか一度冷静になってもらいたい一心で100歩も200歩も譲ったつもりだった。
しかし、船木もびっくりするスピードで彼は再び飛型点を超えたのである。
「君は僕のこの寂しくて辛い気持ちを少しも考えず、結局は金のことばかり話しやがって!!!」
「なんていう女なんだ!!!」
「君はどうせ僕に会いたくないんだろ!!!」
………。
出ましたぁぁぁあああああああ!!!(拍手)
彼は、先程のSiriもびっくりするくらいに棒読みだった私の言葉と、歳下の女に一切余計な「感情」を一旦抜きにして、今討論中の問題解決に徹しろと言われた事に対して大激情。そして、本来話すべきお題から逃げるように私の人間性そのものを理不尽に責めるという、過激感情派の秘技「論点ズラし」を華麗に披露するのであった。
私の経験上、人間関係のトラブルにおいて一方が感情派、もう一方が論理派という分かりやい二極化の場合、両者が分かり合える事はほぼ無い。
そして、論理派が感情派の地雷を一度でも踏んでしまった暁には、解決すべき議論とは一切関係なく、論理派はもれなく感情派から凄まじい人格バッシングを受ける事となるのは有名な話。
事実、過去に私は幾度もこのような状況に陥り、過激感情派からの理不尽な人格バッシングの被害届を何枚も提出している。
こうして私は、自分と彼の関係性がまさに水と油だという事を察した。
その後も彼は懲りることなく、更に小一時間程私に粘り「会いたい」「寂しい」「気持ちが何より重要だ」というエモーショナル最強論を展開し続けたが、より問題解決に重きを置く今の私にそんな持論が通用するわけも無く、私たちはその後も決して分かり合う事はなかった。
最終的に、私は永遠に分かり合えないこの男との無駄な討論にかかる労力や時間、ストレスなどを総合的に考慮した結果、ただの紙きれと化した航空チケット代金を手切れ金と解釈し、悔しくも自腹で9万円を払って半ば無理矢理この事件に終止符を打ったことは言うまでもない。
3. 人の本質は変わらない
あの悲劇のオーストラリア入国拒否事件から、約1年の月日が経とうとしていた頃、何とその彼から何の面下げてか再び連絡がやって来た。
「バンコクに来たいか?」
………。
は???(3回目)
1年前にあんな後味の悪い終わり方で男のプライドの欠片も無いような分際で、私に対してその上から目線な聞き方は一体何事か。
とりあえず、お前は黙って小一時間程度、私に頭を垂れ諂えるのが礼儀だろと心底思ってしまうほど、私はその一年前の出来事に対して未だに根に持っていた。
しかも、その連絡が来たのは2020年の2月の終わり頃。
私は先ほどの頓珍漢な態度の彼からの問いに対し「バンコクへは戻りたいけど、今はCOVID-19で海外旅行できる状況ではない」と答えたが、彼は私にこう続けた。
「今僕はバンコクに居るけど、こっちでは特に問題にはなっていないから大丈夫!」
………。
いや、今お前の話をしてるんじゃねーんだよ!
お前がバンコクで元気に暮らしているかなんてどーでもいいんだよ!!
その頃日本では、ゆっくりながらも確実に感染が広がり始め、世界的にも日本での感染者数の多さが際立ってきていたタイミングであった。
そんな最中、世界中から危険視されている日本人である私が、他の国に不用意に旅行すべきではないという事は明白な事実。
私はそういった配慮が著しく欠如し、昔と変わらず無神経に振る舞う彼に対して呆れ果てていたその時だった。
携帯が「スポンッ、スポンッ」と音をたてて、彼は何やら私に画像を連続して送ってきたのである。
彼から送られてきた数枚の画像を恐る恐る開いてみると、それはなんと現在予約可能な東京⇆バンコクの航空チケットのスクリーンショットだった。
だぁかぁらぁあああ!!(怒)
お前のズレまくった解釈で、勝手に物事進めてんじゃねーよ!!!
私の携帯を持つ手は、彼のそのあまりのおつむの弱さ加減に、怒りでわなわなと震え始めた。
それと同時に、私は彼から送られてきたスクショ画像で、もっと衝撃的な事実に気付いてしまったのである。
………。
そのフライト候補が、全てScoot縛りだという事を。
この期に及んでケチってLCCのフライトで済まそうとしてんじゃねーよ!!!!
4. 最後に
補足ですが、私は心からLCC(ローコストキャリア)を愛しており、特にScootに関しては大変お世話になっております。
文章の後半戦で、まるでScootやLCCをディスるかのような表現が少々混じっておりますが、飽くまでこれは今回の様な明らかにフライトを利用してゲストを招くという場合のみの話であり、私一個人としては今後もScoot及びLCCを沢山利用し、引き続き愛し続ける事をここに誓います。
窪 ゆりか
HP:https://www.yurikakubo.com/
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YouTube:窪 ゆりか//YURIKA KUBO
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