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同じクラスのオナクラ嬢 第30話

 こうなることはわかっていただろう?
 九条友里さんの言う通りだ。
 わかってて、お前は、九条さんの家に来たんだろう?
 僕の中の、もうひとりの僕が、そう囁いてくる。
 違う。違わないよ。そんなつもりじゃ。そんなつもりだったくせに。今更嫌がるなよ。いいよ、そういうポーズは。もういいって。素直になれよ。そのまま快楽に身を委ねて溺れ死ねよ。なあ。そのために来たんだろ。
 もうひとりの僕の声が、大きくなっていく。
 もう、僕の声を聞こうともしてくれない。
 胸のあたりを不意に強く押され、思わずソファーに座り込んでしまった僕の顔の前に、漆黒の景色が広がった。視界が黒色で埋め尽くされる。それが、九条さんの下着だと気づいたのは、彼女の体温と匂いを強く感じてからのことだ。
 後頭部に、九条さんのスカートの端が掠るのを感じる。どうやら僕は、今、彼女のスカートの中に頭を包まれ、股間の部分を、布越しに、顔に押し付けられているようだ。濃厚で淫靡な匂いが、鼻から脳の奥へと侵入し、僕の理性を蝕んでいく。温かく湿った感触が、僕の顔面を濡らす。実際そんなはずはないのに、顔が溶けていっているような気がする。
「前、途中で終わっちゃったから……その続き……♥ どう、沖内くん? 私の下着、見える? 近すぎて見えないかな♥」
 九条さんの声が頭上から届く。優しく、柔らかな声だ。それと同時に、弄び、嘲笑するような要素も確かに混在している。
 ああ、だめだ。わかってる。こんな匂いを吸い込んでいたら、意思が崩れていく。息を止めるんだ。そうすれば、少しは。抗うことだってできる。その時間を稼ぐことができる。
 止める?
 そんなことより、ここから抜け出せばいいんじゃないのか?
 わかってる。
 わかっているんだ。
 なのに。
 僕は、呼吸を荒くし、酸素を取り込むように、大きく鼻で呼吸をしていた。
 すぅー! はぁー! すぅー! はぁー!
 流れ込んでくる。入り込んでくる。細胞のひとつひとつに。血管の一本一本に。
 九条さんの淫らな匂いが、僕の身体の中を、支配していく。
「やだ、必死……♥ そんなに嗅がれたら、恥ずかしいよ……♥」
 口ではそう言いながら、顔に感じる圧力が強くなった。九条さんが、さっきよりも体重を僕の顔にかけているのだ。僕の顔を拭くように、九条さんの腰が動く。上下に。左右に。顔中に塗られていく。九条さんの愛液を。薄い1枚の布越しに。塗り広げられる。塗りつぶされる。僕の色が、薄れていく。僕の意識が、なくなっていく。自我が、保てなくなっていく。どろどろと、思考が、理性が、力が、雪崩のように溶けていく。
 背を伸ばし座っていることもできなくなり、僕はソファーに仰向けで倒れてしまっていた。その僕の顔に、九条さんが形の良いお尻を遠慮する様子を微塵も見せることなく載せた。
(あ、あああぁああぁあっ……)
 さっきは、股間の前の部分で顔面を潰されたが、今度は後ろの方だ。
 また、違う感触と、匂いがする。
 ちょうど、割れ目の部分に僕の鼻が喰い込むような形になった。
 ぐい、ぐい、と圧をかけるのをやめてくれない。
「あっ……♥」
 九条さんが嬉しそうな声を出すが、僕の視界は彼女のお尻で埋め尽くされているので、その表情は見えない。
「こんなことされて、興奮しちゃってるんだ……♥ 沖内くんってホント変態……♥」
 僕は何かを言いかえそうとしたらしい。
 圧力に負けないように口をこじ開けると、その動きで九条さんが「やっ♥」と可愛らしい声を出して、「こら、動かないの。喋るの禁止♥」とお尻で口を塞いでくる。僕は言葉を失い、何かを言う必要がなくなったことで、脳も急速に活動をやめようとし始める。
 だめ、だ。だめだ。こんなの。だめだ。
 ――正。
 僕の名前を呼ぶ晶の声が、かすかに脳の中で響く。
 僕に笑顔を見せてくれる晶の姿が、グローランプのようにほのかに灯り、呼応するように、意識という電球が次々と付き始めた。
 僕は九条さんの腰を掴み、顔からずらした。
「きゃっ」
 九条さんは、きょとんとした表情をして、ソファーから転がり落ちた僕を見る。
「ど、どうしたの、沖内くん。続き、しないの……?」
 僕は、はぁはぁと息を荒くしながら、痛む背中を押さえつつ、膝立ちになって九条さんと同じ目線になった。
「九条さんは、僕のこと、好きなの……?」
「え? うん、好き、だよ……?」
 ぎりっ、と強く歯を噛み締める。
 そんなことがあり得るのか?
 ――九条さんは僕のことが好きなんだよ。
 確かにそう思い込んでいた時期もある。でも、いざ「好き」と言われたら、あの九条さんが、九条友里が、僕のことを好きになるわけないじゃないか、という想いの方がどうしても強く感じるのだから、僕も勝手なものだ。
 だけど、そうだろう。大学一美人の九条さんが、どうして、僕なんだ。

――名越さん、本当は僕のこと、好きじゃないよね

 名越鏡花さんも、僕に「好き」と言ってくれたけれど、実際は好きじゃなかったのはあの反応をみれば明らかだった。
 今度は、九条さんなのか?
 もしかしたら、ふたりで、何かゲームでもしているのか?
 どっちが先に僕に告白されるか、というような、そんな悪趣味なゲームでもしているのか?
 じゃなきゃ、説明がつかない。
 名越さんのような美人に告白されて、立て続けに九条さんのような美人に告白されて。
 晶のことは昔から知っている。晶は、そういうのに関わるような性格ではない。だから、彼女の僕への気持ちは純粋なものだろう。そう信じたいし、思いたい。
 でも、きっと。
 名越さんと九条さんのふたりは、違うだろう。
 ふたりは、僕を虚仮にして、ダシにして、遊んでいるだけなんじゃないのか?
 だとしたら――。
「もう、しないって、できないって、言ったのに……!」
 怒りが、沸々とこみあげてくる。
 今までのふたりの姿は、全部、偽りだったのか?
 大切な友達だと思ってた。信じてたのに。友達として確かに好きだったのに。
 美人だったら、何をしてもいいのか?
 顔が良ければ、何をしても許されるのか?
「沖内、くん……?」
 なんだよ、その顔は……。
気持ちを弄んで、想いを踏みにじって、少しは君たちの暇つぶしになった?
 ふざけるなよ。
「いい加減にしろよっ!」
「ひうっ……!?」
 九条友里の身体が、びくっと揺れる。
「名越さんとふたりで、そうやって僕のことからかって……! なんでこんなことができるんだよっ!」
「え? え? 鏡花? なに? 知らないよ? どうして、怒って……」
「晶と付き合ってるって、言ったじゃないか! こういうことはもうできないとも言った! なんなんだよ! 僕のこと、どうしたいんだよっ!!」
「あっ、ごめっ……まって……やだ……怒らないで……」
「いつもふたりで僕のこと馬鹿にしてたのか!? もう信じられない! どうせ馬鹿にしてたんだよね!? なんでこんなっ……! もうふたりと話したくなくなるっ……!!」
「ごめ……お願いだから……怒らないで……」
「お願いって……! 勝手過ぎるだろ……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいやだやだやだやだごめんなさい許してやだ怒らないで怒らないでよやだよ怒らないで怒らないで……!」
 そこで僕は九条さんの様子が明らかにおかしいことに気づき、はっとする。
「お願いします怒らないでくださいやだやだやだやだやだやだ怒らないで怒らないで怒らないで怖いよやだ許して男の人が怒るの怖いごめんなさいごめんなさいやだ許して怖い怖い怖い怖い……っ」
「九条、さん……?」
 九条さんは、自分を抱えるように、護る様にうずくまり、頭を抱えて、ぽろぽろと涙を零している。顔は真っ青になっていて、唇もぷるぷると震え、涙を流している目も虚ろだ。
「やだよぉ……助けて……ごめんなさいごめんなさい……許してください……怒らないで……やだやだやだやだっ……!」
 僕の目の前で何が起きているのか。言葉を忘れ、息を飲む。次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。どうにか、その震えを、少しでも抑えたかった。
「ごめん、九条さん。大きな声出して。ごめん。大丈夫。もう怒ってないから。大丈夫。大丈夫だから」
 僕は、九条さんをぎゅっと抱きしめていた。
 その震えが、少しでも収まる様に。
 その乱れが、少しでもまとまる様に。
 彼女の身体を、強く、ぎゅっと、抱きしめる。
「ほん……と……?」
「うん」
「もう、おこらない……?」
「怒らない。怒らないから。約束する。ね」
 まだ、気持ちの整理はついていない。
 でも、今は、こう言わないといけない気がした。
 今、選択を誤ったら、もう2度と今までの九条さんと会えないような気がしたから。
 それは、嫌だった。
 失いたくなかった。
 たとえいくら酷いことをされていたのだとしても。
 それでも、僕にとって、九条さんは大切な存在なんだ。
 失いたくない。失うわけにはいかない。どうにか戻ってきて欲しい。いなくならないでほしい。
 そう想いながら、強く、けれど優しく、九条さんの身体を、抱きしめ続ける。ずっと。ずっと。僕の腕で、包み続ける。彼女の鼓動が、声が、表情が、正常になるまで。
 九条さんの呼吸が、ゆっくりと、落ち着いてくる。
「……怒ってない?」
「うん。怒ってないから。大丈夫だから」
 赤くなり、潤んだ瞳で、僕の目を見つめてくる。
「……ほんとに?」
「うん。本当だよ。だから、安心して」
「……じゃあ、頭撫でて」
 僕は、言われた通りに九条さんの頭を撫でる。さらさらの髪の感触に、心地よさすら覚えた。
「……怖かった。もう怒ったら、やだ」
 子供のような、どこか甘えた口調で九条さんは言う。
「ごめん。もう怒ったりしないから」
 頭を撫でる。
 九条さんが、僕の胸に顔を埋めてきた。もっと撫でて欲しいのか、ぐりぐりと頭を動かす。
「沖内くん」
 胸に顔を埋めたまま、九条さんが口を開いた。
「……ん?」
「好きなの」
「……っ」
 鼓動が、一瞬停止して、大きく跳ねた。
「こんな気持ちになるの初めてで……よくわからないんだけど……好き、なんだと思う。嘘じゃないよ。からかってなんかない。本当に、沖内くんのことが、好き」
「九条さん……」
「ごめんね。迷惑だよね。唐沢さんと付き合ってるのに。こんなこと言ってごめんなさい。私も、沖内くんと唐沢さんの関係は壊したくないんだよ。唐沢さんのことは友達として好きだし。わかってる。わかってるんだけど。ごめんなさい。気持ち、抑えきれなくて……私……」
 嘘、だとは思えなかった。
 その声色が。
 その話し方が。
 全部嘘だとは、とても思えなかった。
「言わなきゃ、って……。我慢、できなくて……。我慢しなきゃいけないのに……。ホントは言ったらだめなのに……。でも、無理で……。ごめん、ごめんね……」
 九条さんが顔を上げる。
 目と目が合う。
 凛として、深い色をしている瞳は、ただまっすぐに僕の目を捉えている。
 そんな彼女を、僕は今、抱きしめて、頭を撫でている。
 ああ……。
 お願いだから、やめてくれ……。
 それ以上、言わないでくれ……。
「沖内くん、好きです。私、君のことが、好き」
「…………っ」
 ――僕は。
 腕の力が弱まる。
 九条さんの頭から、手を離した。
 辛い。苦しい。吐きそうだ。
 このまま身を委ねたらどれだけ楽だろう。
 このまま九条さんを抱き寄せたらどれだけ幸せだろう。
 でも、だめだ。それだけはしちゃいけない。
 晶の顔を、胸に思い浮かべる。
 晶の声を、脳に蘇らせる。
 息を吐き、吸い込み、僕は九条さんを見据えて言う。
「ありがとう。そして、ごめん。僕には晶がいるから、九条さんとは付き合えない」
 越えたらいけない。
 たとえなにがあろうと。
 このラインだけは、踏み越えてはいけない。
「……うん。そうだよね」
 九条さんは、目と口を緩ませて、力なく笑った。
「うん。ごめんね。変なこと言っちゃって。忘れてください」
 その言葉に、僕が安堵していると、九条さんは「でも」と言葉を重ねた。
「付き合うのは無理でも、思い出だけは、作らせてほしい」
 九条さんの唇が、艶めかしく動いた。

「沖内くん。私の部屋……行こ?」

ん? サポート、してくれるんですか? ふふ♥ あなたのお金で、私の生活が潤っちゃいますね♥ 見返りもないのに、ありがとうございます♥