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同じクラスのオナクラ嬢 第22話


 来週のゼミが、前期のゼミとしては最後になる。
 もう3年生になって半分が終わろうとしているんだなぁ、という感慨深さと共に、就職活動ももうすぐ始まるのだ、という緊張感も自分の中に生まれてくる。
 堀田教授が「では、また来週に」と教室を出ていき、僕も席を立って背を伸ばした。「あのさ」と隣の席に座っている唐沢晶が、僕に声をかけた。
「夕飯、一緒に食べに行くだろ?」
 ゼミの後、唐沢とどこかでご飯を食べる、というのはどっちが決めたわけでもないけれど、自然とそうなっていた。ゼミが終わる時間が18時半過ぎ、というのもあって、家に帰るまでにお腹が空いてしまうからその日は一緒にご飯を食べよう、というようなことがきっかけだった気がする。その時間は、ご飯を食べて食欲を満たすとともに、お互い一緒にとっている講義のわからない点などを教え合ったりする、僕にとっても有意義な時間のひとつだ。
「ああ、もちろん」
「あの、さ。それなんだけど。たまには、うちでやるのもいいかな、とか思うんだ。その……マダチャントシテナイシ……。この前、体調悪くてあれだったから……。沖内が良ければ、だけど……。あの、コイビトなんだし……今日、エッチナコトしたい……」
 所々もにょもにょと歯切れが悪く、最後の方なんてまったく聞き取れない。まだ気分が優れないのだろうか。とはいえ、最初の方はちゃんと聞こえた。要は、唐沢の家でご飯を食べよう、という話だろう。今日は名越鏡花さんの一件もあって、とても体力と精神力を使ったからか、すっかりお腹はぺこぺこだ。
「ああ。今すぐにでも食べたい。我慢できない」
「いっ……!?」
 唐沢の顔が真っ赤になる。なんだよ、まだ万全じゃないんじゃないか!
「早く家に行こう! 寝よう!!」
「ま、まって! あの、誘ったのは私だけど! せ、積極的過ぎてっ……!」
「ねえ、唐沢さん、沖内くん」
 唐沢と喋っていると、唐突に、声をかけられた。声のした方に顔を向けると、神永梨奈さんと、九条友里さんがいる。
「たまには、みんなでご飯にでも食べに行きませんか?」
 神永さんが、にこりと目を細めて、首を傾げた。
 頭でも痛むのだろうか、唐沢が鋭い視線を神永さんに向けている。

僕たち4人は居酒屋の『白八』に来ていた。大学の最寄り駅近くの居酒屋チェーン店だが、路地に入った少しわかり辛い場所にあるせいか、お客さんの数はあまりいない。
無理しなくても良いんだぞ、という僕の言葉をよそに、唐沢もついてきていた。体調を気遣って言ったつもりだが「なにが無理なの? というかなんで誘いに乗るんだよ。あんなに言ってたくせに……」と不機嫌だ。体調が悪いせいもあるだろうし、僕が神永さんのお誘いを受けたことが気に喰わないのかもしれない。確かに神永さんに振られた時は散々唐沢に相談もしたからな。でも、僕自身、このままでいいとは思っていない。ゼミ生同士仲良くしたいし、いつも避けていたら何も解決しない。そういう意味でも、これは良い機会だと思った。
「こんな時に鏡花がいなくて残念」
 九条さんがローファーを脱ぎながら言う。お店の席は全席座敷の為、靴を脱ぐ必要があった。その様子を見ていたら、つい、顔を九条さんの脚で踏まれたときのことを思い出して、どきっとしてしまう。
 僕たちは4人用の掘り炬燵の形になっている席に座った。片方の壁際に唐沢が座り、その隣には僕が座った。僕の対面となる通路側の席には、神永さんが座り、その隣――壁側には九条さんが座っている。さっそく注文を取りにきた店員さんに、唐沢が不機嫌そうに「グレープフルーツサワー。強めで!」と頼んだ。
「お前、酒弱いのに、いいのか」
「いいんだよ! 今日は飲む! じゃなきゃやってられない!」
 何故か機嫌が悪い。こうなるとなかなか戻ってくれないんだよなぁ。
「九条さんって、お酒、強いんですか?」
 神永さんが、九条さんに尋ねた。
「あ、私、弱いよ。だから、烏龍茶でお願いします」
 九条さんに見とれていた店員さんが、我に返ったように「はいっ!」と手元の機械を操作する。
「じゃあ、あたしは、烏龍ハイ。沖内くんは?」
「そうだね……」
 ドリンクメニューを見る。明日も朝から講義があるし、帰ってレポートも一件終わらせたい。ソフトドリンクにしようかな、と思っていると、唐沢が言う。
「……私が飲むのに、沖内が飲まないわけないよな」
 あ、あるはら……!
 僕が震えながらレモンサワーを注文すると、店員さんが元気よく返事をして奥へと引っ込んでいった。
「でも、こうやってみんなと来れて嬉しいです」
 神永さんは嬉しそうだ。これまでどこか皆を避けていたような雰囲気を感じていたけれど、杞憂だったかもしれない。
「ゼミ活動も、もう四分の一が終わるんだね。早いなあ」
 厚手のおしぼりで手を拭きながら、九条さんは感慨深げに言った。
「もうすぐ夏休みですよ。みんな、何か予定とかあるんですか?」
 神永さんの言葉に、ああそうかと思う。確かに、あと2週間もすれば、夏休みが始まる。本格的に就職活動が始まる前の、という意味では、大学生にとっては最後の自由な長期休みと言えるかもしれない。
「花火大会とか、風情があっていいですよね」
 頬に手をついて退屈そうにしている唐沢が、神永さんのその台詞にぴくっと反応した。
「お祭り、良いね! 沖内、一緒に行こう」
「ああ、いいな。最近ちゃんと行けてなかったし、今年は満喫したい」
「うんうん!」
「そうだ。ゼミのみんなで行くのもいいな。九条さんや神永さんはどう?」
 僕の言葉に、少し明るくなっていた唐沢の表情がまた曇る。何故だ。
「えー、楽しそうだね。私、ちゃんと参加したことないかも。鏡花にも声かけてみるね」
「……あー。名越さんってお祭りとかそんなに興味なさそうですけど、楽しんでくれるのかなぁ」
「そんなことないよ。鏡花、お祭りとか、そういうイベント、大好きだから」
「へ、へえ……。そうなんですか」
 九条さんの言葉に、楽しげだった神永さんの表情が固まる。何故だ。
「あ、ほら。絶対行くって、返事来た!」
 嬉しそうに、九条さんが携帯電話の画面を見せてくれる。
「返事はやすぎだろ。体調悪い設定どうしたんだよ、ビッチ」
 神永さんが何か小さく呟いた気がするが、僕は聞かなかったことにする。
 お待たせしました、と威勢のいい掛け声とともに飲み物が運ばれてきた。4杯分受け取った神永さんが、各々の前に飲み物を置いてくれる。
「それじゃあ、堀田ゼミに乾杯!」
 それぞれがジョッキを掲げて、音を鳴らした。

 15分もしない内に、唐沢は出来上がっていた。
「だいたいさぁ、デリカシーってものがないんだよな、沖内は」
「は、はい……すみません……」
「は? 今なんで謝ったの? 何を悪いと思ったの? ちゃんと理解してんの? なら言えよ、ほら。言えないの? なら謝るなよ。その場さえどうにかなればいいと思ってるんだろ? 一周回って不誠実なんだよ。沖内のそういうところがさ……」
 酒癖が悪すぎる。だから飲ませるのは嫌だったんだ。
「そんな姿の唐沢さん見るの新鮮ですね」
 くすくす、とおつまみキャベツを口に運びながら神永さんが笑う。すると、唐沢は「お前もお前だからな……」と割り箸の先を神永さんに向けるので、「や、やめなさい!」と僕はその手を下げさせた。
 ああ、友達として恥ずかしい。こんな唐沢の様子を九条さんはどう思っているのかと恐る恐る視線を向けると、何やら、ジョッキを両手で持って、ちょっとだけ口に含み、首を傾げている。
「ねえ、神永さん。間違ってたらごめんなんだけど、烏龍ハイと烏龍茶、間違えてたりしてないよね?」
「え? なんで? 何かありました?」
「うん……これ、アルコール入ってる気がする……」
 ちょっと失礼しますね、と神永さんが九条さんのジョッキに口をつけて、首を横に振った。
「大丈夫。ただのウーロン茶ですよ、それ。こっちと全然違う」
「え、あ、そう……? ごめん。お店のお酒の匂いで、勘違いしちゃったのかも」
「気にしないで。よくありますよね」
 神永さんが微笑んだ。

 それからまた15分程経過した頃には、唐沢は完全に堕ちていた。机に突っ伏し、「沖内の馬鹿……」と何故か僕の悪口をずっとぶつぶつと繰り返している。
「ごめん、ちょっと、化粧室行ってくるね……」
 九条さんは立ち上がると、ゆらゆらと揺れながら、どこか覚束ない足取りでトイレの方へ向かっていく。
「九条さん、どうしたんだろ。お酒飲んでないのに」
「ねえ。どうしたんだろうね」
 自分が予期していないところから声がしたので、驚いた。神永さんが、僕のすぐ真横に座っている。二人分のスペースしかないところに、壁際に突っ伏している唐沢が、その隣に僕が、そのすぐ隣に神永さんが並び、間に挟まる状態になった僕は、どちらの体温も感じられるくらいにふたりの距離が近い。
「か、神永さんっ……?」
「ねえ、正くん」
 呼び方が、沖内くんから正くんにになった。皆の前では呼ばない呼び方だ。
 神永さんとの距離が、さらに近くなる。耳元に唇を寄せられた。
「……この後、ふたりだけで抜け出さない?」
「えっ……」
 いったい、何を言われているのか。僕は困惑する。
「それは、だめだよ。唐沢、こんなだし。送って行かなきゃ」
「唐沢さんを送って行った後でもいいから。ふたりきりで話したいんだ」
「……あの。これが僕の勘違いだったら、本当に申し訳ないけど」
「うん?」
「もし。もしもだけど。よりを戻そうとか、そういう考えがあるなら、それはないから。もう僕は、神永さんと恋人関係に戻るとかは、考えられない。少なくとも、今は」
 神永さんの瞳の色が深くなる。何か言おうとしたのか、一度口を開いてから、きゅっと閉じて、また口を開く。
「……違うよ。そういうことじゃなくて。相談したいことがあるの」
「相談?」
「うん。ちょっと、困ってることがあって。頼れるのが正くんしかいないから」
 ぎゅっと、手を握られた。
 見れば、神永さんは目に涙を溜めている。
「お願い……。助けて、正くん……」
 一度は本気で好きになった女性だ。
 その女性に、そんな瞳で、しかも上目遣いで助けを請われたら、断れる男が世の中にどれくらいいるんだろう。
「……わかった。力になれるかわからないけど、僕で良ければ」
「ありがとう……!!」
 神永さんが僕に抱き着く。吐息が首筋にかかる。ふわっと髪の良い香りが鼻腔に届く。
「あ、ごめん。だめだよね、こういうことしたら……」
 神永さんが僕の身体から離れてくれて、ほっとする。あのまま抱きしめられていたら、変な気分になってしまうところだった。
「あのね、最近よく行く良い雰囲気のバーがあるんだ。ここからちょっと離れてるけど。マスターも面白い人なんだよ。そこで、相談に乗って欲しいな。場所、トークアプリに送っておくね」
「うん、わかった。じゃあ、唐沢を送った後、そこに行くから」
 でも、と僕は腰を上げた。
「その前に、ちょっと、トイレに……」
 いつの間にか、尿意がすぐそこまで来ていた。
 案内表示に従いトイレの方へ行くと、ちょうど九条さんが出てきたところだった。どうやら男女兼用のトイレで、ひとつしかないらしい。女性が使用した直後のトイレに入るのはどうも気が引ける。それが知り合いの女性であればなおさらだ。どうしたものかと立ち止まっていると、しばらく無言で僕を見つめていた九条さんが、僕の腕を引いた。そのまま一緒に個室トイレの中に入ると、鍵をかけた。
(え……)
 九条さんの息がいつもより荒く、顔も紅潮している。
「沖内くん、どうしよう……」
「あ、え、なに、が……?」
「なんか私、変なの……」
 九条さんが、僕の背中に腕を回す。
 ちゅっ、ちゅっ、と首元に口づけをしてくる。
 彼女の柔らかく温かな唇の感触を肌に感じるだけで、全身に電流が流れたような痺れを覚えた。
「く、九条さんっ……!?」
「沖内くん、脱いで……♥」
「!?!?!?!?!?」
 僕の下半身は、すでに出来上がっていた。




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