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同じクラスのオナクラ嬢 第32話


 集合場所である神社の石段前に行ったあたしを待ち構えていたのは、浴衣姿の名越鏡花と九条友里だった。
「こんばんは、神永さん。あ、今日はコンタクトなんだ。可愛い」
 あたしを見て、名越鏡花がにこりと微笑み、見え見えのお世辞を口にする。本当はそんなことを想ってもいない癖に、よくもそんな当たり前のように言えるものだ。そのまま値踏みをするような視線で、あたしのことを足元から頭頂部まで見てから、「動きやすそうな服で良いね」と目を細める。なんだこいつ。マウントか。私たちはちゃんと浴衣着てるのにお前はサマーワンピースで意識低いですねとでも言いたいのか。嫌味たらしい。さては京都生まれだろ。こんな暑い中そんな服装してる方が異常だと理解しろ。
 と、言いたくなる気持ちをぐっとこらえ、あたしは笑顔を作る。
「ふたりこそ、浴衣似合ってて素敵ですね。並んでると絵になるなぁ。芸能人かと思っちゃいました」
「えー、そう? てきとうに着てみただけなんだけど。ちゃんとオトコロファッションになってるかな」
「おところ?」
「男もイチコロの略でオトコロ。私が考えた造語なんだけど、使いやすくていいでしょ」
 なにもよくねえが。これだから年中男漁りしか考えていないビッチは。
「私よりも! 友里ちゃんだよ! 可愛いよね!! 友里ちゃんは何来ても似合うから!」
 名越鏡花が、隣に立つ九条友里の腕をぐいっと引き寄せ、あたしに見せつけるように前に出す。



 人形のように白い肌に、後ろでまとめた黒髪と赤い浴衣が映えて、彼女の存在の周囲にだけ特別な光が発せられているように見えた。飛んで火にいる夏の虫、なんてことわざをふと思い出す。あの光に引き寄せられた先には、何が待っているのだろう。
「……綺麗」
 つい、素直な感想を口に出してしまっていた。
 言いたくはないし認めたくはないが、名越鏡花も相当な美人の部類に入ることは間違いない。しかし、こうして見ると、九条友里は別格だ。女性として、というよりも、人間として、というよりも、あたしたちのひとつ上にいる存在なのではないか、とすら一瞬だが感じてしまう。神様が人間の造形を決めているとするのなら、九条友里だけ贔屓し過ぎだろ、と思わずにはいられない。
 脇を行き交う人たちも、男はもちろんだが、女性も九条友里を思わず一瞥しては「ほう」と溜息をついて通り過ぎていく。
「あそこのふたり、すっげー美人……」
 どこかから男たちの声が聞こえてきた。
「モデルかな。声かけてみるか?」
「やめとけって。どうせ相手にされねえよ」
「あれ、もうひとり一緒にいないか?」
「ああ、うーん……60点かな」
 どうかあいつらにだけ隕石が落ちますように。
 とても居心地が悪い。なんでこんなカースト上位のふたりと陰キャ代表のあたしが一緒にいないといけないのか。九条友里はどこか心あらずという感じでさっきから無気力だし、名越鏡花は能天気に九条友里の魅力を滔々とあたしに語っている。地獄かここは。早く沖内くんや唐沢さんも合流してくれ。
 そんなことをあたしが思っていると、「あ、長話してごめん。全員揃ったし、お祭り、見て回ろうか」と名越鏡花が言うものだから、あたしは「うぇ!?」と変な声を出してしまう。
「えっ、まだ沖内くんと唐沢さんが来てませんけど……」
「あれ? 見てないの?」
 名越鏡花が、浴衣の裾から携帯電話を取り出して、画面をあたしに見せてきた。
「ふたりとも、急用ができて今日は来れないって、連絡あったよ」
 な、なんだと?
 やってくれたな、あのふたり。それを知っていたらあたしだって来なかったのに。いやちゃんと確認しなかったあたしも悪いんだけど。でも、それにしたって。じゃあ、なにか。今夜は、このふたりと一緒に縁日を楽しめってのか。冗談きついぞ。このふたりと回ってもあたしは引き立て役にしかならないじゃないか。
「たまにはこの3人だけで遊ぶのも楽しそうでいいよね」
 名越鏡花はまた思ってもいないことを平然と言う。あたしが邪魔なら邪魔と言えば良いのに。
「あ、でも。友里ちゃんはその浴衣姿、沖内くんに見せれなくて残念だったね」
 揶揄うような口調で言った名越鏡花に、九条友里は「えっ!?」と大きな声を発した。
「な、なんで!? どうして沖内くん!?」
 九条友里は顔を真っ赤にして、誰が見ても狼狽えていることがわかる様子を見せる。
 あたしと名越鏡花はきょとんとし、お互いに顔を見合わせてしまった。
「いや、別に、深い意味はないけど……」
 そこで、名越鏡花は「待って」と額に手を当てて、言葉を続けた。
「え、まさか、友里ちゃん。昨日、沖内くんと、なにかあったの……?」
「……っ!」
 九条友里は息を飲み、さっと目を、というよりも顔を、あたしたちから逸らした。
「え、え、何かって、なんですか? 昨日、九条さんと沖内くん、何かあったんですか?」
 あたしは名越鏡花に身を乗り出すようにして詰め寄る。
「あ、いや……昨日、友里ちゃん、家に沖内くん呼んだから……」
「えええええっ!? そうなんですかっ!? どうしてっ!?」
「私はよく知らないけど、ほら、この前、神永さんと沖内くんたちで居酒屋に行った時あったでしょ。その時、酔いつぶれた友里ちゃんを沖内くんが介抱してくれたから、そのお礼に。だよね、友里ちゃん」
「あ……うん……」
 顔を逸らしたまま、九条友里はこくりと頷く。
「でも酷いよね、そのお店も。友里ちゃん、ノンアルコールの飲み物頼んだらしいのに、アルコール入ったもの間違って提供されたんだって。ほんとゴミだよね。単なるケアレスミスだろうけど、そんなことするの、ゴミ以外のなにものでもないよね。これで友里ちゃんが体調悪くでもしたらどう責任とるつもりだったのって感じ。マジクズ」
「あ……うん……」
 視線を逸らして、あたしはこくりと頷く。
「で、で、どうなの? うまくいったの? 何があったの? ねえ、友里ちゃん。教えて。力になれることがあれば力になるし。ね、ねっ」
 名越鏡花は目を爛々とさせて、九条友里の手に自分の手を重ねる。
「なっ……」
 九条友里は、そんな名越鏡花と決して目を合わそうとせずに、俯いて、答えた。
「ナニモ……ナイヨ……」
 は? なにその反応。絶対なにかあったやつじゃん。
 あたしがそう思っていると、
「は? なにその反応。絶対なにかあったやつじゃん」と名越鏡花が口にする。
「ほら、縁日! 行くんでしょ!! 行こうよ!!」
 九条友里は話題を遮る様に、石段を上り始めてしまう。
 待ってよと、名越鏡花もその背中を慌てて追いかける。
 あたしは、動き出すのを、一瞬、躊躇ってしまった。思考が、行動を邪魔したからだ。
 ねえ、沖内くん。
 九条友里と何かあったって……。
 何かあったら、駄目なんじゃないの?

 ――その直後に別の女性とするなんて、不誠実すぎる。だからできない。ごめん。

 あたしの誘いは、断れたじゃん。真面目な沖内くんらしく、拒絶できたじゃん。
 だからこそあたしは、身を引いたんだよ。
 唐沢さんに譲ることができたんだよ。
 昨日、何かあったからこそ、今日この場に来ていなかったりするの?
 大丈夫だよね。まさか、九条友里が誘惑してきたとしても、真面目で誠実な沖内くんは、屈したりなんて、してないよね? あたしが一度好きになったキミは、そんな男じゃないよね?
 そう願うと同時に、さっき九条友里を見た時に感じたものを思い出す。
 でも。
 あの女に誘惑されて、堕ちない男なんて、この世にいるのだろうか?
 思考を断ち切る様に、高みから、あたしを呼ぶ名越鏡花の声が降ってくる。
 とりあえず、今は、追いつかなくては。
 あのふたりに、いつまでも高みから見下されているのは、気分が悪い。

 赤提灯がずらりと並び、祭囃子が流れる中を、あたしと名越鏡花、九条友里の3人は並んで歩く。彼女たちと屋台を見て回るのは悔しいかな思いの外楽しく、さすがスクールカースト上位の女、主に名越鏡花は気遣いができ雰囲気を盛り上げるのが上手いのだなと悔しいかな感心してしまった悔しいかな。
 射的なんてやるのは久しぶりだったけれど、サバゲ―で鍛えているあたしには銃の扱いなど手慣れたものだ。バンと発射し、最新のゲーム機の箱を落とし、銃口をふっと吹くと、ギャラリーから歓声が起きた。
「ば、馬鹿な……絶対に落ちないように細工しているというのに……!」
 店主がショックのあまり言ってはいけないことを口にしている。
「すごいなー。神永さん、落とすの上手なんだね」
 童貞の時の糞雑魚沖内くんすら堕とすことのできなかった名越鏡花が、両手を合わせてニコニコとしながら言う。
「ゲームセンターのUFOキャッチャーとかもそうだけど、こういうのいつも男の人が取ってくれるから、私自身は全然うまくならなくて。恥ずかしいな」
 は? いちいちマウント取らないと死ぬのかお前? 本当に恥ずかしいと思ってるなら今すぐ帰れ。童貞ひとり堕とせなかった無能が無駄なアピールするな。
「最近は自分でなんでもできる女子の方がモテるらしいですよ」
 あたしは言いながら、レプリカ銃を九条友里に渡す。次は彼女が撃つ番だからだ。
 九条友里は、相変わらずぼぉっとしたままで、パンパンと店主に向かって表情も変えずに撃ち始めた。
「あっ♥ あっ♥ やめてくださいっ♥」
 無駄にマゾを目覚めさせるな九条友里よ。
 今日はどこか気が抜けていることを考慮しても、さっきの金魚すくいでの「えっ、金魚さんを救けてあげるから金魚救いって言うんじゃないの?」という頓珍漢な発言といい、こいつ、もしかして相当なポンコツなのか。見た目が良すぎるから誤魔化せているようだが、若い今ならまだしもこの先どう生きていくのかと心配になってしまう。まあ、世間知らずの金持ちでも捕まえれば一生安泰なのだろうが。
「あ、いいなー。友里ちゃん、私のことも撃ってよ!」
 こいつもこいつでやばい部類の変態だな。この先どう生きていくんだ、お前も。就職活動とか真面目にやれるのかお前たちは。今頑張らないと知らないぞ。
 あたしがふたりの将来を案じていると、あっという間に時間が経ち、「そろそろ解散しようか」という雰囲気になった。
 名越鏡花は片手に持ったりんご飴を舐めながら「やっぱりみんなと一緒だと楽しいね」と最後までそんなことを言う。ああ、まあ、確かに楽しかったよ。認めるよ。生理的に嫌いなのは変わらないけど、自分を嫌いだと思っている人間の前でもそういられるあなたの努力は素直に尊敬するよ。
「もうすぐ就活始まるから憂鬱だったけど、今夜は空騒ぎできて良かった」
「え!?!? 唐沢さん!? なんで!?!?」
 水ヨーヨーを持っていた九条友里がびくっと身体を震わせて大きな声を出す。
「いや、晶ちゃんの話はしてないけど……だ、大丈夫? 友里ちゃん、今日ずっと変だよ? やっぱり昨日何かあったの?」
 名越鏡花が困惑している。
「ア、イヤ、ナニモ、ナイデス、ホントニ、ハイ」
 嘘つけ。
 これはもう昨日沖内くんと九条友里の間で何かがあったことは確定だ。問題は、その何かの度合いだ。実際のところ何があったのか。そもそも、このふたりは知っているのか?
 沖内正と唐沢晶が恋人関係になったことを。
九条友里は、それを知っていて、沖内くんを誘惑したのか?
 あたしは我慢できなくなり、それをふたりに問いただそうと口を開いた。
「あの、九条さんと名越さんは――」
 その時だった。
「え? 晶ちゃん? なんで?」
 名越鏡花が、驚いたような声を出す。
 あたしの肩を掴み、「ちょっとごめん」とどかすように、身体をずらされた。
 誰に。
 唐沢晶に。
 いつものように、ボーイッシュな格好をしている、唐沢晶が、そこにいた。
「あ……っ」
 九条友里は、自分の前で立ち止まった唐沢さんを見て、顔が蒼くなったかと思えば、俯き、唐沢さんの顔を見ないようにしている。
「九条さん、ちょっといい?」
 その尋常ではない様子に気圧されてか、名越鏡花も何かを言おうと口を開くが、何も言葉を発せられないでいた。
「あたしは、正――沖内のことを信じているけど、一応、訊いておくね」
 その瞳が冷たく、いつものような穏やかさをそこからは感じ取れない。
「九条さんは――私と沖内が付き合っているのを知って、その上で、あんなことしたの?」
 九条友里は、俯いたまま、微動だにしない。
「九条さん、答えて。先に手を出したのは、沖内と、九条さん、どっち?」
「えっと……急に来て、怖いよ、晶ちゃん。なんの話――」
「うるさい」
 なんとか口を挟もうとした名越鏡花を、冷たい言葉の刃が引き裂いた。
「今、私は、九条さんと喋ってるから。邪魔しないで」
 名越鏡花は、蛇に睨まれた蛙のように汗を浮かべて、あたしにちらりと視線を向ける。「なにか知ってる?」と言いたげだったが、あたしだって何も知らないので首を横に振った。
「……わ、たし、です」
 震えた声で、九条友里が言う。
「なに? 聞こえないんだけど。もっとちゃんと言ってよ」
「あ……沖内くんは、断ったし、しない、って言って……そこで、唐沢さんと付き合ってることも、話してくれて……でも……」
 え、と名越鏡花が口をぽかんと開く。「沖内くんと晶ちゃん、付き合ってたの?」と呟いている。
「でも?」
「思い出、欲しくて……私から……手を……出しました……」
 九条友里が顔をあげる。口の形が「ご」になっていた。ごめんなさい、と続けようとしたのだとわかった。
 でも。
 唐沢さんは、それを言わせるのを、拒んだ。
 ぱぁんっ、とまるで弾丸が発射されたような甲高い音が響いた。
 九条友里が顔を横向きにしている。いや、させられたんだ。左頬が赤くなっている。
 唐沢さんは、右手を空に浮かせたまま、どこか苦しそうな表情で、絞るような声で言った。
「人の男に、手を出すなよ……っ!!」




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