立ち止まる。
近頃の私はどうやら
立ち止まる時期らしい。
今までしてきた選択や
習慣として繰り返してきたことを、
これってなんでだっけ
今もこうしたいんだっけ、って
自分の中で味わいなおしている。
人生には、たぶん、
突っ走る時期と立ち止まる時期がある。
突っ走っていた時には
見えなかった色んなことが、
立ち止まると途端に気になる。
(まぁ本当は、突っ走ってきた間に溜まった
無意識の違和感が「一回立ち止まって!」
ってサインを出した結果
立ち止まっているのだろうから、
"途端に"気になり始めたわけでは
ないのだろうけれど。)
気になったことは
放っておけないたちだから、
ノートに書きつつ、考える。
立ち止まった時に限らず、
私は普段から誰にも見せない
日記帳的なノートに、
自分の考えや気持ちを
書き留めているのだけれど、
立ち止まったときは
より一層、そういう時間がほしくなる。
カフェで温かい飲み物を飲みながら
(気持ちが落ち着いてちゃんと心が開くから)
書くことが多い。
気持ちを整理したくて、書く。
思考を見える形にしたくて、書く。
自分の頭の中や心の内は、
わかっているようで
意外とわかっていないから、
(日常を生きる時に
「本当にこれでいいのか?」的思考が
常にあると結構大変だから、
無意識に気付かないふりを
していることも多いのだと思う)、
自分の本心をちゃんと知るという意味で
私にとって書くことはとても大事なんだ。
今日は
「生きている間にこれだけは絶対叶えたい」
ってことと、
「これを失ったら私じゃなくなるな」
ってものを書いた。
今日書いたノートは、
私の本質だけを
上手く言葉で切り取れた気がして、
なかなか満足度が高かった。
今までも何度も「好きなこと」とか
「私の人生において大切なこと」とか
書いてきたんだけれど、
そうやって好きなものや
大切なことを書き出していると、
本当に本当に好き/大切なことと
まぁそこそこ好きだけれど
私の本質ではないことが混ざっちゃって、
なかなか私の本質を
浮き彫りにできなかったんだ。
この変化はなんでだろうと考えながら、
4年前に書いたノートを見返してみた。
実は、4年前の春にも
立ち止まった時期があって、
その時もこうしてずっと
自分の中にもぐって
何だっけ何だっけって考えていたんだ。
気付いたのは、
今の私はあのときの私より
格段に自分のことを
きちんと知っているということ。
もちろん当時は当時で
全力で考えていたし、
当時書いた文章は本当に尊いし、
ほんっとうによく頑張ったなと
今でも強く思う。
でも、あれから4年間常に、
私はどういう人間なのか
何が好きで何が嫌いなのか
何が大事で何を守りたいのか
何は譲れないのか
私を私たらしめているものは何なのか、、
そういうことをずっと考え続けてきたから、
今の私は自分をよく知っている。
だから迷ったり悩んだりしても、
その先にたどり着く結論は
絶対信頼に値するものだと
心の底から思っている。
私、ちゃんと 成長 しているじゃん!
って思えたら、なんだかクスッと笑えた。
あと、まだ上手く理由は
説明できないのだけれど、感覚的に、
「変われるし、変わりたいし、
でも本当は変わらなくても
いいのかもしれないなぁ。」
って感じている。
前に進むには突っ走る時期が必要だし、
歩いていく道を選んでいくためには
立ち止まる時期が必要。
つい、こんなしんどい時期なんて
なかったらいいのに(!)って思うけれど、
どっちの時期も大事にしよう。
春だね🌸🌸
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