東郷温泉 寿湯(ことぶきゆ)体験記
寿湯という温泉があることは、移住して協力隊として働きはじめたその日から知っていた。なぜなら、職場の目の前にあるから。
とはいえ、着任時は温泉に入る習慣がなく、温泉地に住んでいるにもかかわらず、1年間は温泉に一度も入らずに過ごした。家でもシャワーを浴びるだけで、そもそも湯に入りたいという気持ちを持っていなかった。
ところが、着任して1年が過ぎた冬、転機がやってきた。三朝温泉の三朝館という旅館の日帰り入浴に行って、自分のなかで何かが弾けた。湯のなかでひたすら無に没頭する時間が、坐禅や瞑想の時間とどこかで重ね合わさる気がした。
山陰の冬は厳しい。日本海側気候の特徴があますところなく発揮される季節だ。温泉で体を浮力にゆだねて解放し、リラックスしてできるだけ体を感じないようにしながら、普段考えすぎな頭を休める。その贅沢さに夢中になった。
それから温泉関係の書籍を読み漁るうちに、仏教に「仏説温室洗浴衆僧経」という短い経典があるらしいことを知った。どうやら湯に入ることは悟りと関係があるようだ。
行ける距離で入れる温泉には全部入りたいくらいの気持ちで、何冊も温泉関係の本を読んでいるうちに、『侘寂温泉 西日本編』で寿湯が紹介されているのをたまたま見つけた。これはもう行くしかない!
寿湯、入ってみる
寿湯を管理されているすぐ隣の「理容シミズ」の清水さんに200円を払って、人ひとり通るのが精いっぱいの通路を進んでいく。
通路を進んで行くと温泉が現れる。
昔ながらの脱衣所。男子の方は鍵付きのロッカーもある。おそらく女子の方にもあると思われる。
公衆浴場ならでは備品。歴史を感じる。「休日」と書いて「おやすみ」と読ませるルビがなんか可愛い。民藝っぽいフォントなのも良い。
私が入浴した時は他のお客さんがいたので、撮影はしなかった。
ちなみに外観以外の写真は、管理者の許可を得て以前に他の協力隊が撮影したものをお借りしている。
そしてこの湯船、見てください。
湯船もそうだが、浴場自体に味がある。ありすぎて困るくらいある。歴史ある公衆浴場にしか出せない味だ。
洗い場にはシャワーはなく、備え付けのボディソープやシャンプーもない。湯に浸かってそれで終わり、というシンプルさ。おそらく温泉が出ているだろう蛇口で体を流すか、かけ湯をしてから入る。
湯船は3人も入ればいっぱいになってしまうくらいの大きさだが、意外に底が深く、不思議と狭いという感じはあまりしなかった。「寿湯は熱い」という話をよく耳にしたのだが、先客が水を足して温度調整していたのか、異様なほど熱いとは感じなかった。たしかに旅館の湯などよりは熱いが、個人的には全然ありな温度だった。熱いのが苦手な方は、様子を見ながら加水して温度を下げると良いと思う。
蛇口から温泉が惜しみなくほとばしるように出ていて、しかも湯船が小さいからどんどん溢れていく。お湯の鮮度が高いから、純粋な東郷温泉の湯を楽しめる。
入った時は、地元の方が1人先にいて、挨拶をした。その方が出ていく時に「お先です」と声を掛けてくれたのが嬉しかった。こういうコミュニケーションは旅館の日帰り温泉ではあまりない、地元の公衆浴場ならではの光景だ。自分より後から入ってきた方に、出る時に「お先です」と声をかけて出た。
入浴時間は10分程度だったと思う。熱い湯だからさっと入ってさっと出る。旅館の温泉も良いが、公衆浴場の温泉はまた格別の趣がある。
今朝入ったばかりなのにもうまた行きたいと思っている。ディープな温泉文化を楽しみたい方は、ぜひ訪れてみてほしい。
東郷温泉 寿湯
住所 : 鳥取県東伯郡湯梨浜町旭404
営業時間 : 8:00~20:00
休業日 : 第1・3月曜日
料金 : 200円
営業時間と休業日は都度要確認。
(文・遠藤)