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風俗嬢の自分を理解してもらうということ。(Nくんとのこと②)

2か月越しの対面


「身バレ事件」が起きてから約2週間。

「会う」と私が決心してからは、彼と、妙に事務的に予定の調整をした。

彼は私の休みに合わせて仕事を調整してくれ、飛行機で私の住む街へ、遥々会いに来てくれることになった。

風俗嬢になって初めて、お客さんやお店の関係者以外で、私のふたつ目の仕事を知る人と会う。そんな日が、大した覚悟もなく実現することになるとは、ついこの間まで予想していなかった。

待ち合わせの場所は、空港の到着ゲート。
デリヘルの仕事のお陰で、初対面については人並み外れた場数を踏んできたけれど、2か月の間毎日話していた相手となると、やはり緊張するものだ。

到着時刻を映すモニタを見ながら、何度も赤いリップを塗りなおして彼を待った。「できるだけベストコンディションで初対面を」という、我ながらなんとも健気で自己満足な悪あがき。

「もう外にいる?」
ー「いるよ。ゲート前で待ってる」
「うわー。緊張する」
ー「私も。」

LINEでこんなやりとりをしながら、ゲートから出てきた彼は、ビデオ通話で何度か話をした時と変わらない顔と、想像していたくらいの背格好をしていた。

初めての”オンラインじゃない”飲み


彼が自分で手配したビジネスホテルへチェックインを済ませたのち、夕方早くから居酒屋へ。「対面の席は緊張するから」と、勝手に私が指定したカウンター席で、横並びに座った。

ここでは、どんなことを話したっけ。
如何せん、ほぼ毎晩話をしているもんだから、互いのことはある程度知りつくしていたので、出された料理がどうだとか、最近の寒さがどうとか、他愛無い話をした、と思う。ぼんやりとしか覚えていないのが悔しい。

けど、心地よい時間って、えてしてこんなモノだ。互いに、何がなくとも終始ニヤニヤしてたことだけは、覚えている。

最終的に彼とはもう一軒お店をハシゴした後、帰路につくことにした。
道中、彼がやけにゆっくり歩くなぁと思っていたら、途中で
「俺の部屋でもう少し飲まない」
と言ってきた。

もう互いにいい大人だし、何等かの流れでこうなることは予想していた。予想した上で、「たまにしか会えない間柄。勿体つけることなんて、しなくていいや」と私も思っていた。かと言って、間髪入れずにYesを言うのはなんだか癪だったから、形だけ「一杯だけ」と答えておいた。

コンビニで、部屋で飲むお酒とおつまみを選んで、手をつないで彼の部屋に向かう。なんだか付き合いたての大学生みたいだな、なんて思いながら。
ドアを開けた先の部屋は、ツインベッドだった。「ここしか空いてなくて」と見え透いた言い訳をする彼が、なんだか可愛かった。

風俗嬢という仕事について、改めて聞く


部屋で改めてひとしきり話した後で、私は彼に、ずっと聞きたかったことを聞いた。

「私が隠していた仕事について、どう思ってる?」と。

私の秘密を知った彼が、
それ以降、私をどう捉えて、どう理解して、どう納得したのか。
改めて彼の口から、それをずっと聞いてみたかった。
今まで抱えてきたものを、誰かに吐き出したい気持ちもあったんだと思う。

彼は、少しだけ沈黙した後、
「なんで、そんなこと聞くの?」
と、小さな声で答えた。終始穏やかだった彼の声色が変わり、それが憤ったような様子に感じた私は、少し面食らった。

「いつから、どんなことを、どのくらいしてるのか。
 そんな風に根ほり葉ほり聞いてほしくて、聞いてるの?
 そんなことしても、俺は辛くなるだけだから、聞けなかったんだよ」

「俺は、知らなかったことにしてユリと会って、今日楽しく話をしてた。
 思い出すと、やっぱりしんどくなるから」

はっきりと記憶にないが、確かこんな感じだっただろうか。

この反応を目の当たりにしたとき、改めて思い知らされた。
彼が私の秘密を受け入れたように見えたあの晩は、ひとしきりの葛藤や感情の整理を経て、初めて生み出されたものだったのだ。

そんなことを考えずに、
「ああ、案外すんなり受け入れてくれるものだ」なんて考えてた私は、
なんて愚かで無神経で、浅はかだったんだろう。

風俗嬢としての自分を受け入れてもらうこと


シンプルに、この仕事についての、世間の認識に対する想像が足りてなかった。
今回の件で、それをひどく痛感する。

正直、少なくない年月をかけてこの特殊な業界にいることで、既に倫理観や一般常識がズレてしまっていて。
源氏名の自分を、あれやこれやと理由をつけては
正当化してしまっていた。


「どんな仕事をしていても、ユリはユリだよ

「そうする理由があったんでしょう。きっと辛かったろうね」


なんて、すべてを肯定的に受け入れてくれることを、やすやすと期待してしまっていた。一般的には、そう簡単に受け入れられないものだと覚悟していたはずなのに。

好きな人には、自分のすべてを、つつみ隠さず話したい。
わかってほしい。

そんなこと、自分勝手な私のエゴだ。

「許す」と「受け入れる」は、似て非なるもの。
彼は、過去の私のそれを「許し」はしたけれど、私の感情、彼の気持ち、すべてに向き合って理解するほど、「受け入れ」てくれてはいないのだ。

理解するには、得体のしれない私の心の歪な部分に触れることになるし、生々しく受け入れがたいシーンの想起にも繋がる。

彼はそれを怖がっているのだと、私には想像ができた。
想像ができた以上、そして私が少なからず彼を好きだと思う以上、私は彼にこれ以上「自分の裏面を受け入れる」ことは求められなかった。


結局彼はその晩、相変わらずに、
源氏名の私についての話を詳しく聞くことはしなかった。

ただ、「ごめんね」とつぶやいた私に、

「過去を否定しなくていい。そうする理由があったんだから。俺は、しないでとは言わない。理由があるなら、俺に言わずに続けてもいい。ただ、笑っていて」と言った。

問い詰めようも、判断しようともしないシンプルな温かさに、電話の時と同じ種類の涙が出た。
たぶんそれって、「優しさへの感涙」だけでなく
「自分のしていることは、自分を大切に思ってくれている人を悲しませることだ」という自責の念も含まれている、んだと思う。

電話の時と唯一違うのは、その涙を笑って拭ってくれる相手が目の前にいることだった。

彼との今後について


結局彼とは、「今後どんな関係になりたいか」といった決定的な話題を避けて、疑似恋愛の延長線上を過ごした。互いの生きるバックグラウンドや、人生のフェーズの違いから、簡単に「付き合おう」「そうしよう」なんて無責任な会話はしたくなかった。結局、朝方まで一緒にいて、同じベッドでうたたねして、朝にバイバイした。

フリーランスの彼は、私と真剣な関係を結ぶことになるのであれば、仕事の拠点を変えるとも言ってくれた。それがリップサービスかは私にはわからないが、とにかく私は、「うん」とも「嫌」とも、なんとも言えない曖昧な表情しか返してあげられなかった。私にはまだ。「付き合う」というコミットメントを込めた関係が怖いらしい。結局、そんな曖昧でどっちつかずな思いを、後日電話で彼に伝えた。

その後も、彼は「私が笑ってくれるなら」と、変わらずに疑似恋愛めいたやりとりを続けてくれている。私が夜の仕事を継続するか否かを知ることはまだ怖いようで、今後私が週末何をしているかは、あえて聞かないようにするらしい。

大事な人と夜の仕事の両立について

彼と話して以降、源氏名としてのお仕事を憚っている自分がいる。
今回彼の葛藤を目の当たりにして、悲しい顔をさせたくないなと、人並みに思うからだ。

現状、お店からの「次の出勤はいつ?」のLINEに返せないままだ。
オキニトークに舞い込むお客さんからの連絡も、もともと張っていた「あまり返せない」の予防線にかまけて放置している。

明日にでも、お店のスタッフさんには「しばらく旅行に出る」なんて適当なことを言って、しばらくは自分のこの憚る心のままに、彼が頭の片隅にいるままの日常を、過ごしてみようかと思っている。

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