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風俗嬢だから病むのか、病んでいるから風俗嬢になるのか

「風俗嬢って病むよね」

「そもそも病んでるから、風俗嬢になるんじゃない?」

そんな、卵が先か鶏が先か論争。

私個人の場合、これって、どっちも正解なのでは、と思っている。
そう思う理由を、徒然に書いてみる。

もしこれを読んでいる貴女が同業者なら、
自身の感覚との相違を楽しんでほしいし、

はたまた貴方が特定の姫にガチ恋しているお方なら、
こんな思いが彼女にもあるかもしれない、と
参考程度に読んでいただければ嬉しいです。

仮説①「風俗嬢だから病む」説


この仕事をしていて、新規のお客さんと必ずと言っていいほど交わすのが

「どうして、この仕事をしているの?」

という文句から始まる一連の会話。
これが、「風俗嬢だから病む」の
一番最初のステップだと、私は思っている。

本当は割り切れるつもりで、
病むつもりも、覚悟もなく
「人より効率的にお金を稼ぎたい」と始めた仕事だけれども。
(詳細は以下略)

「お金が欲しくてなんとなく」という間抜けな答えが
お客さんに共感されず、
人として魅力的に映りにくいことは、少し頭を捻ればわかるわけで。

なので、この問いにそれらしく答えるため、
いつの間にか、この仕事をせざるを得ない理由を
自分の過去や、現在から探し出す。


私の場合、こんな感じ。

「家族と仲が良くないんです。
 一人で生きていくために、お金が必要なんです」

「昼の社会で生きていく強さが無くて、いつ辞めてしまうかと怖くて。
 だからできるだけ、将来のためにお金を貯めてます。」

これが、風俗という過激な仕事に身を置く理由たりえるだろうか?

心の奥底では、そんな風に思いながら、
それ相応になるよう、本当と誇張とを交えながら語っている。

この行為のとても怖いところは、
「本当はそこまでじゃないけどね」と自身の頭ではわかっていても

新しい客と会うたんびに繰り返される
「風俗嬢になる理由たりうるエピソード」に、
いつしか自己認識が塗り替えられていってしまう
、ということだ。

巷で言われる「引き寄せの法則」や
「NLP(神経言語プログラミング)」なんていうものと、
きっと同じ理屈。

口先だけの言葉のつもりが、
いつの間にか、本当に意識を「負の自分集め」に向けてしまうのだ。

「そういえば確かに、かつて親に、あんなひどいことを言われた。
 そりゃあ、自己肯定感なんてモノもなくなるわけだ。」

「こんな簡単な仕事もできない自分、ダメなやつ。
 だから風俗嬢に落ち着いてしまうんだな」

なんて。

そうして、いつの間にか、精神的に脆く病んだ自分が出来上がる。


会社では、健やかで、明るくて、いつもニコニコ、
なんの悩みもなさそうに見える(らしい)自分。

そんな顔をして昼の世界に溶け込んでいると、時々

「けど、私が裏で何をしているかなんて、何も知らないんだよな」

「この人たちと私って、同じ世界線で生きてていいんだっけ」

なんて違和感が襲う。

それが、自己価値が危ぶまれる出来事が起きた時、

例えば、仕事でミスをして落ち込むときだっだり、
人と比べて劣等感を感じるときだったり。

はたまた、結婚や出産、家族旅行のエピソードなど
一般的な”きれいな”幸せ話を、つい羨んでしまうときだったり。

その度に、無意識で探し集めた負の自分が、わっと噴き出したりする。

いつの間にか、この

「負の自分探し」のプロセスが自動化されて、
産み落としたエピソードがどんどん長期記憶に固定化されて、
知らぬ間に、昼の世界で生きにくい、病んだ自分が出来上がる。


私の場合、こんな感じ。

仮説②「病んでいるから風俗嬢になる」説


じゃあ、健全な子でも、
風俗に入れば100%病むのかと言われると、
そもそも、健全な子で、私のような

「人より効率的にお金を稼ぎたい」

程度の、いわゆる ”ライトな動機” を持つ層は
きっとこの仕事には手を出さず、せいぜい水商売に留まるのでは、と思う。

私の場合、風俗嬢の職に安住している背景に
人より肥大した「承認欲求」があるんじゃないか。

振り返ると、これまで常に、自分の行動の大元となっていたのは
「人から認められたい」
「すごいって思ってほしい」
それだけだった。

学校の部活や大学受験、海外留学、就職活動だって。
自分が心から欲して行動してきたことって、
本当はいくつあるだろう。

そんな私だから、お店で目の当たりにする
「自分そのものが商品になり、人に買われて喜ばれる時」
「それが積み重なり、指名ランキングの結果や売上に変わる様」
という、自己価値がダイレクトに可視化される世界に
えもいわれぬ充実感を覚えるのだ。

もしそれが、
「不特定多数の男性、それも、
 普段であれば恋愛対象として見られない人と、
 繰り返し性的な行為をする」

という、自分の価値を高く見積もっている女の子にとっては
到底受け入れ難いものだったとしても。

自己価値の物差しと、
承認欲求のメーターのネジが外れてしまっている私は、
割とすんなり、これを嬉々として受け入れているのではないか。

そんな風に、自己分析してたりする。

病んでしまっても、夜の世界は優しい。


こんな風に書き連ねてしまうと、
この仕事がとんでもなく悪いもののように聞こえるかもしれないが、
そうはいいつつ、私は源氏名の自分が大好きで。

会社ではNOが言えない自分でも、
ここでは「サービス満点、性格◎な女の子」になる。

アイラインもマスカラもしない、
ぼんやりメイクしかできない自分でも
「”夜”らしくない、レア感のある女の子」になる。

厳しく険しい、昼の社会に疲れた自分を
「貴女も、誰かの大切な人だよ」と受け入れてくれる。

待機所の狭いマンションの一室が、
タバコ臭い送迎車の後部座席から見る夜の街が、
お客さんと出会うラブホテルのドアの向こうが、

そんな優しい世界に、私には見えるのだ。


幸い私は、稼いだお金をホストに入れ込む訳でもなければ
過剰な浪費をするわけでもない。
もちろん、本当に好きになれる彼氏ができたら、
この仕事を辞めたいと思っている。


だから、きっとそれまでは。

この優しい世界で、自己の存在価値を確かめながら
預金残高というお守りを、少しでも増やしていく。

そんな風に、割り切っている今日この頃。


大丈夫。今日の私は、心穏やかです。


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