見出し画像

日本人とイタリア人。正確さと柔軟さ。

多くの面接やハードな給与交渉を経て、やっとの思いでイタリアのスタートアップに正社員として入社することができたサボ太郎。彼は基本的にフルリモートで働くことになった。フルリモートなら自分のペースで仕事を進めることができ、快適に働ける。だが、自宅で仕事をすることで孤独を感じることもあった。何かが足りない。それは、一緒に働くチームメンバーと交わる機会があまりないからだろう。彼はそんなことを考えながら、自宅でコーヒーを飲みながら仕事をしていた。

週に二度の出社

そんな中、COOのマッツがシェアオフィスを契約した。そのおかげで、サボ太郎は週に二回ほどミラノのシェアオフィスに出社するようになった。このシェアオフィスでの勤務がサボ太郎にとっていいメリハリになっていた。特にオフィスではCOOのマッツと話すことが多く、彼とはカフェのスタンドでエスプレッソを飲みながら意見交換することがよくあった。

マッツは30代前半のスラッと背の高いイケメンのイタリア人だ。いつもはカジュアルな服装だが、投資家と会う時などはスーツでビシッとキメる。さすがイタリア人で、フォーマルなスーツ姿がサマになる。フェラーリなんかに乗っていたらとても似合いそうな男だ。

サボ太郎にとってマッツとのコミュニケーションはこのスタートアップに溶け込むのに大きな助けとなっていた。プライベートなことから仕事のこと、イタリアや日本の文化など、話すトピックは様々だ。その中でも、イタリア人の働き方について話すことがあった。

文化理解。遙かなる道。

サボ太郎はインターンとして働いていた時から、イタリア人メンバーとのコミュニケーションは、時に複雑であると感じることが多々あった。日本人が好む正確さや詳細さに対して、イタリア人は柔軟性に重きを置く傾向を感じた。言い方を悪く変えれば、「いい加減」と感じることもあった。どの文化でもそうだが、イタリア人とのコミュニケーションには独特のルールがあり慣れるまで時間がかかることが想像できた。

マッツはサボ太郎にイタリア人とのコミュニケーションのポイントを教えてくれた。それは、相手の文化に対して理解を深めることだ。イタリア人の文化に興味を持ち、彼らが重視することや好むものを知ることで、相手とのコミュニケーションをスムーズに進めることができるのだ。

サボ太郎「文化を理解するかぁ。そりゃそうだけどめっちゃ難しいだろ。すげぇ時間かかるし。やっていけるかな。」

サボ太郎はイタリアに来て一年以上経つが、まだまだイタリアの文化を理解できているとは思えなかった。イタリアの生活には慣れてきた。だが、イタリアの文化を理解して仕事の現場で支障なく振る舞える程には至っていない。思えば、スペインに二年間留学していたときも、スペインの文化を理解できたとは思えなかった。生活はできる。だけど、ストレスレスに異文化で生活していくには長い年月をかける必要があることは肌で感じていた。それだけ、海外生活とはストレスフルなものなのだ。

正確さ。柔軟さ。

サボ太郎はふと、最近感じた日本とイタリアのギャップを思い出してマッツに話した。

サボ太郎「こないださ、マクドナルドに行ったのよ。朝マック。妻とさ。そんとき、テイクアウトでお願いしたんだけど店員さんがマフィンとコーヒーを別のカウンターで別々に渡してきたのよ!しかも袋に入れないで。これ、バラバラで持ち帰れってこと?いやぁびっくりしたね。なんだこのサービスはって。日本じゃあり得ないね。マネジメントどうなってんだよって思ったよ。」

このエピソードからイタリアでのマネジメントの話になった。

マッツ「マクドナルドみたいな職場だと、ワーカーは完全に自分の与えられた仕事しかしないよ。だから、完全に縦割りで例外はなし。お客さんのためを思って自ら考えて行動する、なんてことはまずないね。そういうことは基本的にマネジメントがやるべきで、それをワーカーに実践してもらいたいなら全部マニュアル化することになる。ま、マニュアル化してもうまく回らないんだけどね。」

サボ太郎「そうかもなぁ。日本では、ワーカーはプロセスやルールに厳格に従うことが求められる。そして、それが成り立つ。だからトヨタとかをみて分かるように、効率的なオペレーションがアドバンテージになっているんだよね。時にToo muchに感じることもあるけどね。たとえば、マイクロマネジメントがいい例だよ。僕なんか前職でマネージャーに議事録の一言一句までチェックされて訂正させられたことがあった。いやぁ、あの時はしんどかったね。その点、イタリアは柔軟性に富んでいていいと思うね。もちろん良し悪しはあると思うけど。」

マッツは、サボ太郎の意見に同意しつつ続けた。

マッツ「確かに、イタリアには柔軟性があるね。成果を出せばプロセスはなんでもいいって思うところはある。でも、その柔軟性が仕事においてプロセスやルールを軽視することにつながってしまうかもしれない。だからマネジメントをするのは時にストレスフルだ。その結果、生産性が低下して時間がかかることもあるし、時にはコンプライアンスとかのリスクになることもある。」

サボ太郎「確かにその通りだね。でも、イタリアにはユニークな文化や歴史、伝統があるじゃない。デザインとか特にさ。イタリア人の柔軟性がクリエイティブなアイデアやイノベーションを生み出すことに繋がっているのかなと思うんだよね。平時では日本の様な文化は効率的なオペレーションで力を発揮できるのだろうけど、イノベーションは起きにくいし、危機に弱い。そういう良し悪しもあるよね。」

マッツ「それはそうかもしれないね。でも、日本人みたいな勤勉さは仕事において重要だと思うよ。イタリア人は楽しむことにあまりにも多くの時間を過ごしている。南の暖かい地域なんか特にさ。エスプレッソを飲んだり、美食を楽しんだり、おしゃべりしたり。そんなんだから仕事に集中することができないこともあるよ。」

サボ太郎は最近まで通っていたミラノのデザインスクールの様子を思い出しながら、強く同意せざる得なかった。

サボ太郎「確かに。学校でも休み時間10分のところ、みんなカフェでおしゃべりして20分とか30分になってたもんな。正直信じられんかったわ。でもさ、それがイタリアの魅力でもあると思うんだよね。ぼくたち日本人は仕事を大切にしているけど、時に度が過ぎることがある。仕事と同時に生活を楽しむことも大切だと思うんだよね。」

多様性。

マッツは笑いながら頷き、エスプレッソを飲み干してカフェのディスプレイにあったフォカッチャの製法について話題を移した。ミラノで人気のフォカッチャらしい。

サボ太郎はディスプレイに並ぶフォカッチャを眺めながら考えていた。

「どの文化にもいいところとイマイチなところがある。でも、自分ではイマイチと思っていても、他者からするといいところのように捉えられる。これは文化だけでなくて、人、一人ひとり当てはまるよね。要は、多様性。それぞれの違いを認識して尊重して、適材適所で活かすことが大切なんだろうな。」

現代社会において、多様性の重要性が語られることは多い。自分が所属するコミュニティに同一性を感じるのなら、一歩踏み出して自ら異なる環境に飛び込むことが多様性を理解する助けになる。マイノリティとして多様性を提供する側になってはじめて分かることがあるのだ。

サボ太郎は、イタリアという環境ではマイノリティで多様性を提供する側だ。その立場で活躍するには、イタリアという国や文化を深く理解することが前提で、それには多大な時間がかかるだろう。そして、ビジネスの現場ではマイノリティとしての自身のアイデンティティを保ちながら、自身ならではの価値を提供することが求められる。これは答えがあることではないし、簡単ではないことだ。だが、それもまた人生を豊かにしてくれそうだと、サボ太郎は少しポジティブな気持ちになった。サボ太郎は少しぬるくなったエスプレッソを飲み干した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?