アプリ恋活は恥ずかしい? アプリ女子3人花魁道中② in 潮見プリンスホテル

「あたしのこと、アラ還のくせに、って言ったわよね」
「私なんて、バカって言われたわよね」
「子どもができないことを元妻が隠していたんだろう、と言うなんて、ひどすぎる」

東京駅からほど近い、潮見プリンスホテルの一室で、三人三様の怒りを込めて、一斉にため息をついた。


「ないわね」
「ないない」
「次!」



尊敬するyahoiねーさんの一時帰国に合わせて、恋活同志のゆめみひめこさんとまりかは、お泊まり女子会を企画した。
正確には、大浴場と豪華な朝食付きで、しかもお値打ちな宿泊プランを、海の向こうからyahoiさんが見つけて、予約までしてくれた。
昨秋に続き、アプリ女子お泊まり珍道中である。

noteでつながった女子3人で夜通し恋バナをするだけでも貴重なのに、そこにある罠が仕掛けられた。
何と、かのゆめみひめこさまがマッチした殿方を、3人のお夕飯にお招きしよう、という企画である。
お相手は、ひめちゃんがその日の朝、マッチしたての殿方、kさん。
アプリでステキなパートナーを見つけてラブラブまっだだ中なyahoi先輩のお眼鏡にかない、常識的で会ってみる価値があると判断された、いわばお墨付きだった。


そもそも、初対面の女性3人が居合わせるところに、殿方ひとりで乗り込んで来ようというだけでも、なかなかのタマである、と、3人は信じて疑わなかった。
写真も白いものの混じる髪をなでつけ、スーツ姿の写真をアプリにあげていた。
63歳の男性として、最低限の身だしなみは心得ているようだし、パソコンや家電で有名な大手メーカーから、IT業界を渡り歩いたことを匂わせる自己紹介文は、とりあえず書類&写真審査合格。
あとは、本人とひめちゃんの気が合うかどうか、そしてそれをyahoiさんとまりかがじっくり品定めしよう、というわけ。
年明けから、数々の不幸に見舞われるひめちゃんの恋の行方や、いかに。


まりか的には、LINEのことば選びがやや硬めかと思ったが、おちゃらけすぎているよりはいいだろう。
3人で相談して、ひめちゃんは18時にホテルのロビー待ち合わせのアポをkさんに入れた。


前の晩、飲み倒して入浴しそびれたふたりとともに、まりかはホテルの大浴場に向かった。
さすがに、ひめちゃんも昨日のメイクとパンツで、はじめましての殿方に会うわけにはゆくまい。
チェックイン直後のホテルのロビーは海外からのゲストがあふれていたけれども、大浴場には私たち3人以外いなかった。
浴槽は、縦横それぞれ10人は並んで入浴できそうな大きさだった。
百人風呂を3人で貸切とは、何と贅沢なことだろう。

頭のてっぺんからつま先まで、ていねいに洗い上げ、ラベンダーが香るミストサウナでたっぷり汗を流した3人は、部屋に戻り、ひめちゃんはメイクタイムに入った。
ひめちゃんの大きなたれ目が何とも愛くるしい。
今年10月の還暦記念に撮るという、真っ赤なドレスの記念写真が楽しみだ。
ベースメイクにアイブロウ、アイシャドウにアイライン。
きらきらパウダーを目元にたっぷりまとわせて、慎重にチークを乗せる。


お支度に忙しいひめちゃんに代わって、まりかはお店のセッティングだ。
ホテルは駅前にあるものの、いくつかある観光客向けのホテルにあるレストラン以外は、うどん屋とコンビニ、スーパー、チェーンの居酒屋くらいしか見当たらない。
ホテルのレストランほどかしこまる必要はないだろうということになり、駅前の居酒屋に席だけ予約を入れた。
見知らぬ3人の女子会に飛び込んでこようという、勇気ある63歳の殿方との飲み会は、知的で楽しいものになると、だれもが疑わなかった。
少なくとも、このときは。



しかしである。
kさんは、何ごとにも否定形で返すことに非常に長けた殿方であった。
スーツにトレンチコートを着た姿は、岸部一徳を3回りくらい小さくして、貧相にしたようだった。


居酒屋に着き、ひめちゃんとkさんを並んで座らせ、yahoiさんとまりかが、さながら面接官のように、その向かい側に陣取る。
「kさん、何を召し上がりますか」
と、しおらしくたずねたまりかを待っていたのは、
「居酒屋メニューなら、トマトトマトスライスが食べられない以外は何でもいいですよ」
と、返事に困る答えであった。
食べたくないものはあるけど、食べたいものはないんだ。可哀想な人。
仕方ないので、女子3人で適当に注文し、1滴も飲まないkさんだけウーロン茶で、私たちはビールで乾杯。


大手メーカーでコンピュータの営業をしていたというkさんは、ずっとIT企業ばかりを渡り歩き、知らないのはスーパーコンピュータだけ、という触れ込みだ。
経歴詐称がなければ、職歴は申し分ない。
次は、何と言っても気になる婚歴である。
ひめちゃんがさっそく、単刀直入に切り出す。


「kさんは、どうして離婚したんですか?」
「元妻は、銀座の女だったんですよ」
「銀座の女?」
「出会ったときは、門前仲町のスナックにいましたけどね」


憎々しげに言ったkさんに、3人はことばを失った。
いったい、元妻との間に何があったのだろう。
それにしても、銀座の女とは、ずいぶん盛ったものだわね。
近くのスナックの、とでも、最初から言えばいいのに、門前仲町にも元妻にも失礼な。
大手企業なら、花嫁候補の女子社員もいたはずなのに、さてはだれにも相手にされず、クロウトさんに走ったわね。


「カネを湯水のように使う女だったんだよ。
友だちが、デパートでフランス高級化粧品ブランドの仕事をしていたからって、次々と買っちゃうんだよね。
俺が、自分のものを買うカネくらい自分で稼げと言ったけれども、どれも長続きしなくて、ひどいときは1日で辞めてきちゃってさ」


と、kさんはやや小規模ながら基礎化粧品にも色物にも定評のある、ブランドの名前を挙げた。
要はお財布だけが目当てだった女性と結婚したことを、臆面もなく見知らぬ相手に話すことはもとより、会って5分の女性たちに俺という一人称で、タメ口を叩くことにも衝撃を受けた。
ちょっとちょっと、私たちお店の女の子じゃないのよ。
まりかは、対等な人間としてkさんと話すことは困難である判断して、2杯目のビールを頼んで、おし黙ることに決めた。


「それは大変でしたね。で、kさんお子さんは?」


ひめちゃんは、さすがコールセンターからデパ地下まで接客業で鍛えているだけあり、なかなか勇敢である。


「子どもはいないです」
「結婚が遅かったんですか?」
「俺が30代後半で、元妻が3つ上」
「年上の奥さまだったんですね」
「あいつ、子どもができないって俺に隠して結婚したんだろうな」
「えっ?」
「できないから病院に検査に行かせたら、まず子どもは無理でしょうって言われた、っていうんだよ。
あれは、結婚する前にわかってたのに、隠してたんだよ」


何とおバカさんな殿方だろう。
この調子では、まったく同じことを元妻本人にも言ったのだろう。
真相はわからないけれども、子どもができないことを女性が受け入れることがどれだけ困難か、この殿方は考えたことがないに違いない。
まりかは、再婚直後に受診した婦人科で、卵管が通っていないから自然妊娠は不可能、と医師から言い渡された検査台の冷たさを思い出した。


「お休みの日は、kさん、何してすごしているんですか? ご趣味は?」


yahoiさんも大人の余裕である。
この気まずさから、いきなり、お見合いのようなありきたりな、当たり障りのない話題を振るとは。
しかし、彼女の心づくしの質問も、はかなく破られてしまうのである。


「いや、何もしないですね」
「何も? テレビを観るとか?」
「ああ、テレビは観るよ。
受信料取るからね、NHKとかけっこう観てるよ」


と、テレビとは縁のないまりかも知っている番組名をいくつか挙げた。


「それから、ゲームもするよ。プレイステーション」
「あっ、プレステですね」


ひめちゃんは、素っ頓狂な声を出す。
戸惑っているときの彼女の癖だ。
さっとyahoiさんが助け舟を出す。


「楽器とかは?」
「ピアノを10年くらいやりましたよ。バイエルからね。
ギターとか、ひととおりったけど、いまはやらないね」


バイエル?
それって、60年近く前の子どものころのおけいこごとよね?
果敢なyahoiさんは、まだまだくらいつく。


「スポーツは?」
「中高とバスケ部だったからね、ひととおりはやったよ。
スキーもテニスも」
「でも、いまは何もなさらないんですね」


楽器とスポーツを入れ替えただけの、まるで英語の教科書のようなやりとりだ。
昔は何でもやっていたけれども、いまは何にもやっていない。
この殿方、やりたいことも好きなこともない代わりに、したくないこと、嫌いなことが山ほどあるのだろう。
生きていて楽しいのかな、と、まりかは3杯目のビールを空けながら思った。
ひめちゃんがまた、素っ頓狂な声を出して、質問する。


「お仕事はずっとIT関係なんですか?」
「あなた、俺のプロフィールを全然読んでないんじゃない?」
「いえ、そんなことは。お会いしたから、じかにお聞きしたいんです」
「コンピュータ関係のF社って書いたでしょう。
途中で転職したけど」
「エンジニアさんなんですか?」
「いや、俺は営業だから、コンピュータはまったくわからないけどさ」


あらkさん、最初にスーパーコンピュータ以外は何でもござれ、と言わなかった?
そもそもコンピュータがまったくわからない人から、コンピュータを買いたくないものだ、と、まりかは思った。
いえ、それ以前に、この殿方、恋のなんたるかをまったく理解しないで、恋活市場にご自分を出品するのは、やめていただいわ。
ええい、4杯目のビールに突入だ。


「あなたたち、いったい何なんですか。まるで面接みたいだな」
「私たちは、恋活仲間なんです」
「なるほど、戦友というわけだな」
「kさん、アプリ何年くらいしているんですか?」
「5年くらいかな。
登録しただけで、ほとんど放置してたけどな」


あなたがアプリを放置したのではなく、アプリの女性たちがあなたを放置したんでしょ。

「それにしても、マッチングアプリなんて恥ずかしいことを、よくもまあ人に話せるね」

つまみの残りもまばらになったテーブルに、一瞬、死神がとおった。


「恥ずかしいこと⁉︎」


3人の声が重なった。


「恥ずかしいことではないですよ!
私、亡くなった夫の遺言でマッチングアプリに登録して、心から信頼できるパートナーに出会ったんですよ」
「アメリカ人は違うんだな。そんなバカみたいに」
「私、アメリカ人じゃありません。いま、バカっていいましたね」
「いや、バカはアメリカ人で」


言い訳するkさんを、yahoiさんが語気を荒げながらきっとにらんだ。
アメリカで暮らすyahoiさんをアメリカ人と呼んだのであれ、バカ呼ばわりをしたのがyahoiさんのことであれアメリカ人を指すのであれ、罵倒するとは何ごとだろう。
この殿方は、相手の人格を人格を尊重するというこをご存知ないだろうか。
yahoiさんは、それ以上、ことばを紡がなかった。


「幾つになっても、恋はしたいじゃないですか」
「あなた、アラ還でしょ? 恥ずかしげもなく」
「えっ、私、還暦になってもいくつになっても、かわいいと思っていますよ」


ひめちゃんが、やっとのことでことばを絞り出した。
戸惑ったときの素っ頓狂な声ではなく、落ち着き払った澄んだ声で。


沈黙を心配するいとまもなく、飲み物ラストオーダーを告げに、店員さんがやってきた。
まりかは躊躇なく、お会計を頼んだ。
1秒でも早くこの不愉快な殿方から逃れたい。
まもなく持ってきた伝票を、kさんは手に取り、じっくりながめて、まりかの方を向けてテーブルに戻した。


まりかはkさんをにらみながら、yahoiさんと伝票を確認した。


「本当に割り勘でいいんですか」


  翻訳:俺は烏龍茶とコーラしか飲まなかったのに、割り勘かよ、この酒呑女たちめ

「16,764円なので、私たち4,000円ずつ出しますね。
申し訳ありませんが、kさん、端数はお願いしてよろしいでしょうか」


まりかは、kさんの返事を聞かぬまま、コートを引っ掛けて出口に向かった。
yahoiさんが続く。


ガラスの自動ドアの外で待てど暮らせど、ひめちゃんたちは出てこない。
5分ほどして、ようやく伝票を持ったkさんとひめちゃんがレジにやってきたが、今度はここでもなかなか出てこない。
ようやく出てきたひめちゃんは、yahoiさんとまりかを目を三角にしてにらみつけた。



「もう、ふたりともひどすぎる!
あのあと、あの男、どこかでお茶でも飲みませんかって言ったんだよ」
「お持ち帰りされなくてよかったよね。まりかさんと私が一緒で。
あの人と床(とこ)を共にするなんて、想像できない」
「yahoiさん、まりかもそう思う。
あいつ、やーらしい目で、ひめちゃんの胸元をチラチラ見てたもんね」
「ええっ、そうだったの?」


ひめちゃんの何十回目かの貞操の危機を、yahoiさんとまりかは守ったのである。


「それにさ、端数の764円、あれさ私が200円出したんだよ」
「ええっ」
「私たちの12,000円持ってレジに行って、自分の4,000円出して、小銭入れ出したら小銭が足りなかったらしいの。
で、もうひとつ小銭入れが出てきたけど、それでも足りなかったみたいで、あったま来たから私が200円だしちゃった。ちくしょうめ!」


いつだかの帝国ホテルの28,700円に比べれば微々たる額だが、それにしてもあまり気分のよいものではない。
このときばかりは、日ごろひめちゃんのお下品な物言いを叱るyahoi さんも、何も言わなかった。
yahoiさんもまりかも、ちくしょうめ! である。


「さ、飲み直そ。
ホテルの1階にファミマがあったよね」
「うんうん、ワイン買って、つまみ買って」


アプリ女子珍道中の夜も、ひめちゃんの世界でひとりだけの殿方探しも、まだまだ続くのである。

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