オイラのなまえは、むすび。 まっしろなけなみに、ひたいとしっぽだけくろいのが、おのりをつけたおむすびみたいだったからって、チヒロねえちゃんがいってた。 ママ、ちょっぴりおのりをけちったから、こんなもようになったのさ。 ママは「おにぎり」にしよう、っていったみたいだけど、「むすび」のがだんぜん、カッコいいよね。 だって、「えんむすび」っていうけど、「えんおにぎり」とは、いわないもん。 あたしのなまえは、いなり。 ちゃいろいしましまもようから、まっしろなごはんがはみでているの
「はい、お肌も中もとってもきれい。 エコーも問題なし。 内診はまた1年後ね」 「わかりました。ありがとうございます」 まりかは、10月最後の水曜の夜、2か月ごとの婦人科に来ていた。 更年期障害のホルモン補充療法の薬をもらうためである。 この日は年に一度の内診の日で、外陰部から膣、それからエコーで卵巣のチェックをするのだ。 12年前にすでに子宮は全摘しているので、検診は卵巣だけだ。 婦人科のL先生は、前職の国立病院時代にまりかの子宮全摘を決断させてくださった恩人である。 子
「これ、奥さん?」 「そう」 「わあ、写真たくさんあるんだね」 コウジの家の2階に案内されたまりかは、何気なく窓辺のパソコンデスクに目をやった。 すると、出窓いっぱいに彼と亡くなった奥さん、サチエさんの写真が飛び込んできた。 写真4枚を田の字型に並べることができる写真立てが、3つ。 コウジとサチエさんの12の瞬間を切り取ったもの。 数日前、彼に促されて、まりかとふたり撮ったものとまったく同じ構図のセルフィーだった。 違うのは、そこに微笑んでいるのはまりかではなく、サチエさん
10年ぶりのベリーショート。 うつで動けなくなって、美容院にゆけなくなって以来だ。 おかえり、まりか。 ただいま、まりか。 やっぱり、これがいちばんまりからしい。 彼、気に入ってくれるかな。 明日の夜が楽しみだ。
幸せも喜びもかなしさもさみしさも、すべて一緒に生きたいと思う、彼の腕の中で目覚める朝。 寒くなりました。
ふたりでながめる幸せ。
「まりかの写真見て、どんなところが気に入ったの?」 「うーんと。亡くなった嫁さんを彷彿とさせたんだよね」 日曜の夜、出張帰りのまりかの家にやってきたコウジは、テイクアウトのスシローを食べながら言った。 コウジはぽっちゃり女性が好きらしく、マッチングアプリでまりかにヒットしたのもそのおかげらしい。 離婚した最初の奥さんも、死別した二番目の奥さん、サチエさんも、ふくよかだと言っていた。 殿方の好みは一貫しているとよくいうけれども、彼もきっとそうなのだろう。 でも、である。 か
「まりかといるとさ、何ていうか、照れがないよね」 「わかる! ほかでなら恥ずかしいことも、コウジの前ならさらりと言えちゃうし、できちゃう」 金曜の夜、まりかの家でお風呂上がりに素っ裸でウロウロしながら、ふたりは言った。 この夜、まりかは仕事つながりの人と飲みに行って、コウジが迎えに来てくれた。 一緒に飲んでいた人はふたりとも、信頼できたから、彼は30分ほど飛び入り参加。 マスターはじめみんなのむちゃぶりに、彼は小林旭の「熱き心に」を歌い上げ、拍手喝采を浴びたのだった。 マ
まりかとココロとカラダとアタマを満たし合える殿方、みーつけた。
『…特技は道に迷うこと。 しっかりしていそうで天然。 情が厚くて涙もろい。 おもしろがってくださる方、お待ちしています』 そんなまりかのプロフィール文に、足あとをつけてくれたのが、コウジだった。 県内在住の59歳、仕事は不動産関係とある。 まりかは、コウジのプロフィール文にあった『素直に悩みを言える人、頭を下げられる人、人のせいにしない人がよいです。自分もそうありたいと思っています』という一節に興味を持ち、足あとをつけ返した。 どんな人なのだろう。 横顔の写真とまっすぐなま
落とし穴があるとしたら、それは自分の心。 いらぬ疑いが、自分の心に穴を開けてしまうことがあるから。 熱く、でも冷静にお相手を見つめて、自分を信じて感じること。 愛を受け取ること。 受け取ることを怖がらないこと。 さくらまりか52歳、今日も浮かれすぎず、でもときめいてまいります。
怖がらず、受け取る。
「マツモトさん、彼とはどこで知り合ったんですか?」 「実はイマドキで、マッチングアプリです。 抵抗ある方もいらっしゃると思いますけど」 「ううん、私もアプリ。 ちょうど昨日、おつき合いしましょう、ということになったところなんです」 「えーっ、そうなんですか? まりかさんのお話も聞きたい! ふだん話すのは同世代ばかりだから、大人の恋愛事情が知りたいです」 マツモトさんは、まりかのVラインのヘアに慎重に電気を流しながらはしゃいで言った。 ここは、某超大手のエステサロン。 さくら
この世界は、自分の願いでできている。 まりかは幸せになると決めた。 手のひらに、唇に、彼のぬくもりを思い出しながら。 まりかはいま幸せで、まりかといると彼も幸せで、ふたりでいるともっと幸せ。 そんなふたりでいるんだ。
「こういうたわいない話、早く会ってしたいなー」 「はい、そう思います😊」 「会ってがっかりしたりしない?」 「がっかりしたらLINE続かないよ」 ということで、二度目のお顔合わせに行ってまいります。 ヘアパックした。 ネイル塗った。 何着てゆこうかな。 予想最高気温、29℃!
夢を見た。 施設にいる母が自宅に戻って、台所を母が使いやすいように並び替えた夢を。 父が入所して9か月、まりかが試行錯誤しながらまりか流に整えた台所を、すべて母仕様に並べ替えてしまった。 ここはまりかの台所よ、と言えなかった。 まだ母の呪いは続いている、と思った。