お花見が飛んだ

「疲れが溜まって、家でダウンしています。
申し訳ないけど、明日は家でゆっくりさせてください」

あたたかな春の陽射しの中、子ども食堂の準備をしていたら、LINEの着信音が鳴った。
ギターさんだ。
明日はギターさんも私もお休みを取っていて、私が住むまちの桜の名所を訪ねる予定だった。
明日のお花見が飛んだ。
彼を迎えにゆくために、わざわざ車を洗い、ピクニック用のシートを買い、紙コップや紙ナフキンを用意した。
公園の駐車場からの道をシミュレーションして、どこでシートを広げようか、あれこれ計画していた。
なのに、会えなくなってしまった。
よりにもよって、きっと関係に進展があるであろう三度目のデートが、である。

きっと彼は、布団の中で動けなくなっているに違いない。
躁うつ病、疲れると体のどこにも力が入らなくなって、泥のように寝ているしかなくなるのだ。
ほかの精神疾患でも同じだと思うが、あのだるさはほかの何とも比べようがない。
どんな気持ちで、このキャンセルのメッセージを送ってくれたのだろうと思うと、心がチクチクした。
なのに、会えないことへのがっかりは消えない。

そうよね、と思った。
アプリでマッチングしたのが、3月1日。
彼が私のまちでライブ活動をしていること、同じ大学出身なこと、そして同じ病気で同じ先生にかかっていること。
次から次へとありえない偶然の一致が重なって、おたがい抗えない重力のように引き寄せ合っていた。
躁うつ病、疲労やプレッシャーなどマイナスな要素がストレスになるだけではなく、結婚や昇進などのおめでたい変化も、大きな荷重がかかる。
この出会いは、彼にも私にも、体調を崩しかねない変化だ。
先週、今週とギターさんは1時間半近くかけて私の家に近いY市まで来てくれていたのだから、肉体的な疲労も小さくなかっただろう。

「私の方こそ、何度もこちらまで来てもらって、無理させちゃいましたね」
「いえいえ、全然気にしないでくださいね」
「どうぞゆっくり休んでください。お大事に」

明日のお花見が飛んでしまった。
蕾が木全体をピンクに染め上げる、美しい桜並木の下を、手をつないで歩こうと思っていたのに。
芝生の上に広げた真新しいタータンチェックのシートの上で、彼の肩に頭をもたれかけさせようと思っていたのに。
おつき合いしましょうと言われたら、どんな顔で何と言おうか、眠剤が意識を奪うまで毎晩、妄想をしていたのに。

でも、動けないものは仕方がない。
だって、本当に動けないことは、彼と同じくらい、私が知っているのだから。
ここで無理をすると、何日、いえ何週間も寝込んで、多くのものを失いかねないことを、私も知っているから。
約束を断ることのしんどさを、私は知っているから。
彼とはきっと関係が進んだ葉桜の下、桜フレーバーの紅茶を飲みながら、ゆっくりキスすることにしよう。
新しい妄想のはじまりだ。


*2023年3月19日の活動状況
・もらった足あと:3人
・もらったいいね:3人
・やりとりした人:1人
流れてくるプロフィールをまったくチェックしなくなって久しいが、それでも毎日、私はネット上にさらせれている。
ギターさんもプロフィールをチェックすると、いいねがひとつ増えている。
本当は体調を崩したのではなくて、別のだれかと会っているのではないか。
そんな妄想に囚われないよう、必死にもがいている。

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