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新しく始める・挑戦することの壁を越える

4月になり、3月までとは生活する環境が変わったという人が多いだろう。
私もそのうちの1人だ。
今まで働いていた職場を退職し、自分の体のため休養期間をとることにした。

生きていくためにはお金は必要。
しかし働くことに精一杯になりすぎて、自分を見失うことがある。

人は何のために働くのか?
その答えは様々だ。

働くこと自体を楽しんでいる人。
働くことが生き甲斐だと言い切る人。
働くことはお金を稼ぐための方法だという人。
働くことは人の役に立つことだという人。

働くことの目的に正解はない。
『目的に正解はない』これは、他のことでも同じだろう。

例えば『この曲が好きだ』と同じ曲を好んでいる人にその理由を聞く。
ある人は「この曲のメロディーが好きだ」という。
またある人は「この曲は歌詞が好きだ」という。
またある人は「この曲は歌っている人の声が素敵だ」という。
またある人は「この曲は転調するところよく気に入っている」という。

同じ曲でも捉え方は様々で、正解はない。
好きなように物事を捉え、好きなように聞けばそれで良いのだ。

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話は変わるが、私は今年いろいろなことにチャレンジしたいと思っている。
ちょうど20歳の頃から、毎年の目標・やりたいことをリスト化するようにしている。

リスト化するきっかけとなったのは、大学のある授業だ。
授業を担当した先生は、1回目の授業で生徒に向かってこう言った。
「次の授業で、今年必ず達成したい事を1つだけ発表すること。また、それを必ず実行すること。内容はなんでもいい。小さなことでも、大きな目標でも。達成できればそれでいい。」

2回目の授業は予告通りに1人ずつ『今年の目標・やりたいこと』を発表した。
私は特別やりたいことがなかったため、ずっと後回しにしていたことを発表することにした。
「目覚まし時計を買います。」
先生は驚いた表情を見せたが、すぐに笑って私に尋ねた。
「なんだ、部屋に時計がないのか。それは不便だね。朝はそれで起きれているの?」
「半年前までは時計があったんです。でも壊れてしまって。それから、何となく朝起きれていたからそのままにしていたんですけど、やっぱり時計はあった方がいいと思って。」

それから1ヶ月経たないうちに、私は目覚まし時計を買いに行った。
みんなの前で誓った目標を達成したのだ。

とても小さな目標(もはや目標と言っていいのかわからないレベル)だが、達成感はあった。

それからと言うもの、新年か新年度になrタイミングで『やりたいことリスト』を作ることにしている。
実際に言葉にして書き出してみると、心の片隅で考えていた野望が表に出てくるものだ。

今年の目標をここでいくつか紹介しておこうと思う。

1.小説を1つ完成させる
2.庭キャンプをする
3.燻製器で燻製をする
4.有川浩さん「鯨の彼」を読む
5.おばあちゃんを叙々苑に連れていく

すでに達成したものも、今まさに取り組んでいるものもある。

私はこれ以外にも小さな野望を企てているわけだが、『必ずしも達成させよう!』と意気込んでしまうとやる気が失せる場合が多い。
なので全体の『6割くらい達成できたらいい』くらいの気持で挑んでいる。

さらにいうと、1つの目標を完璧にこなそうとして失敗することがある。

例えば、1つ目に挙げた『小説を完成させる』に関していうと、完璧な作品を作ろうと思うと途中で挫折する未来が見えている。

『100%完成していない作品であれば、達成したと言えない』
『自分が100%やりきったと言えなければ意味がない』

ついつい完璧な答えを出そうとするのは私の悪い癖だ。
78%の出来であっても、35%の完成度であっても、それは1つの作品であることに間違いはない。
達成されなかった残りのパーセンテージは、次に挑戦するときの課題とすれば良い。

そもそも次に挑戦する時には100%の基準が変わっているかもしれないし、その基準は人によっても違うのだから、何を追い求めているのかと言う話になってくる。

そう考えると、挑戦することが少し楽になる。
新しいことを始めるための壁が低くなる。

2つ目の目標で挙げた庭キャンプもそうだ。
本心を言うと、キャンプ地へ行きテントを張って焚き火をしてキャンプ飯を食べたい。
朝は早く起きて美味しい空気を鼻から大きく吸って、目覚めのコーヒーを飲みたい。
しかし、キャンプ歴が皆無の私は何の道具も持っていないわけで、これを実現させる日は一体いつになるのか。

キャンプ道具を揃えたところで、1回きりで終わってしまったら?
ついついそんなことを考えてしまう。

なので、最小限の物で始めることができる庭キャンプから挑戦することにした。
最低でも焚き火台があれば、庭キャンプを開催することが出来る。

やりたいことのハードルを極限まで下げて、いつもより少しだけ足を高く上げれば越えられるくらいにしておけば、足が引っかかって嫌になることはない。

初めから100%出来る人間なんていない。
正解や完璧を求められることが多い日本の社会で、私は1%をたくさん経験し、積み上げていきたいと思う。

働く目的も、好きな音楽を聞く理由も、キャンプのスタイルも、どれも正解はない。
私の好きなことを、好きなようにしてみればいい。

今年は、たくさんのことの挑戦したい。
その1つが来年の更なる目標にもなるかもしれない。
挑戦することで、新しい出会いがあるかもしれない。
その出会いの中で繋がりの輪が広がり、私の居場所ができるかもしれない。


あなたは今年、何か挑戦したいことありますか?

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