バーチャル墓参り
20XX年、全ての人間の生死が政府によって管理された事により孤独死の問題が解消され、世帯を持たずに生きる事を選ぶ人間が増えた。生体活動が終了と判断されると、直ちに遺体は医療機関によって回収され、親族がいない場合はすぐに火葬し、骨も残らない。今や墓参りはバーチャルで行う事が主流で、テレビのリモコン一つで生前の映像を見ることが出来、仮想世界で死んだ相手との会話が可能になった。完全に遺骨を消滅させねばならなくなった原因は、墓守りを放棄する人間が増え、土地が荒れた事にある。政府は大々的に、聖地や歴史的価値のある史跡などを除き民間人の墓を一括管理し、バーチャルへ移行を進めた。初めは反発も多かったが、その利便性から徐々に国民に受け入れられていった。
昌也は、リモコンでバーチャル墓参りを選択する。リモコンのスイッチが反応せず、電池をくるくる回した。便利になったというのに何故かリモコンと電池だけは昔と変わらない。テレビに映し出された人物に向かって話しかける。
「じいちゃん、久しぶり」
『おお、昌也か。話すのは久々だな。どうした? 何か困っているのか』
会話が成り立つのは、本人や家族が生前の音声データや日々の行動をこつこつ入力した結果である。
「別に、そうじゃないけど。ほら、お盆近いし」
『ふふ。何か後ろめたいことがあったんだろう。昌也は顔にすぐ出る』
バーチャルの相手が昌也の顔色を見ている訳ではない。テレビに搭載されているカメラが、昌也の声のトーンや表情を分析して、より状況にあった言葉を選択しているに過ぎない。だから、多少の言葉のズレが生じる事はよくある事だった。
「じいちゃんの言う通りだよ。仕事でミスをしてさ。結果的に研修中の後輩が被ることになっちゃって。俺の確認ミスなのに、後輩が僕のせいにしましょうって。卑怯な真似をした」
『そうだな、きちんと上司に報告すべきだな。後輩の彼にも謝るんだ』
「うん、そうするよ。上司には明日報告する。もちろん彼にも謝罪するよ」
バーチャルとは言え、生前の祖父も同じように言うだろう。その後は、他愛ない話で盛り上がる。簡単な会話はインプットした言葉の組み合わせで可能だった。
『ばあちゃんにも会うんだろう?』
「うん。明日は、ばあちゃんに会いに行くよ」
もちろん、バーチャル墓の事だ。
閉めきったカーテンの向こうから、蝉が命を絞り出すように鳴いている。額に浮かぶ汗をその辺に置いてあったタオルで拭く。
「臭い」
忌々しくタオルを放り投げると一つ息を吐いて、もういちどリモコンに手を伸ばす。テレビモニターに、「警察に電話」と「病院に電話」という文字が浮かんでいる。もう、一週間も仕事を休み、初めはこの二択で迷い、今や一つしか残されていない。
もう一度、選択画面からバーチャル墓を選ぶ。
「じいちゃん、何度もごめん」
『どうした、何を謝っている』
押し入れの歪みから、腐臭が漏れ始めている。どんなに、何重にくるんでも人間一人を完璧に隠すことなんて出来ない。
「じいちゃん。俺、人を殺したんだ。さっき言った後輩の事を――」
重大なミスを隠そうとした昌也を後輩が激しく責めた。本当に、何であんなに怒りがこみ上げてきたのか分からない。恵まれている後輩に対する劣等感だったのか。
『それは良くないな、きちんと上司に報告すべきだな。後輩の彼にも謝るんだ』
次の言葉を待っている祖父に、何と答えるか頭の中で逡巡する。
『昌也、ちゃんと生きろ』
祖父の声ではっとする。向こうから話しかけてくることなんか一度もなかったはずだ。
『昌也、ちゃんと生きろ』
バグの様に何度も繰り返す祖父の声が、迷っていた選択をもう一度呼び起こす。
「――そうだよね。じいちゃん。しばらく会えないけど元気でねって言うのは変か」
笑おうとして涙がぽたりぽたりと落ちる。
テレビモニターにもう一度「警察に電話」を呼び出し、選択する。
「事件ですか? 事故ですか?」
「人を殺してしまいました。死体は部屋の押入れにあります」
一週間ぶりにカーテンを開け、窓も開け放った。目に眩しい光が届き、外の温んだ空気を思いっきり吸い込んだ。風に飛ばされた蝉が窓から部屋に飛び込んで、ジージーと鳴きながら引っくり返った。激しく飛び回る蝉と格闘して、ようやく捕まえる事に成功した。汗だくになりながら、蝉をベランダから逃がす。逃がした蝉はそのまま飛ぶことなく落下し、駐輪場の屋根に落ちて静かになった。
今なら人間に戻れるだろうか。サイレンが近づいて家の前で止まった。
了
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