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≪わたしごと57≫マテリアルと古典

南條史生さんと落合陽一さんの特別対談が、とても面白かった。
いくつか思考が掻き混ぜられた点があって、書き留めておきたいなと思う。

一つは、バーチャルと実体のある作品について。マテリアルに対する愛着、憧憬、バーチャルでのテクスチャーの描画性能に限界などの話のコンテクストで、南条さんが仰っていた事。

 アーティストは素材から作っている。コンセプチュアルなスタートを切っている訳ではない。
バーチャルは、考えるところからスタート。マテリアルは、素材を見せて十分な場合がある。その可能性がバーチャルだと弱い。

マテリアルの在る所からの発想と、全くない所からの発想と、どうスタートを切るかが違うというお話は面白かった。これは、制約の有り無しでもある様に感じた。というのは、素材はそれぞれに特性があって、出来る事と出来ない事があり、固有の質感やテクスチャーがある。出来上がったものは、それらと自分の表現とのやり取りでもあるだろう。工夫してそのものの持つ特性を拡張することもあれば、特性を逆手に取る事もありえる。その点バーチャルは、制限がない様に見える。重力も無いし、どんな質感や色や大きさでも表現できる。

南条さんは " バーチャルはコンセプチュアルにならざる終えない。マテリアルからくる面白さには弱い" と仰っていたが、そのマテリアルからくる面白さとは、一体なんだろう。上に述べた素材とのやり取りは、作り手がその過程で得るとてもパーソナルな感覚から生まれる、愛着のようなものだと思うけれども、観る側からしてもマテリアルそのものの持つ質感や色や特有の性質から生まれる形は、興味を魅かれる。

例えば先日、坂口恭平さんがパステルを描かれているところをオンラインで拝見したが、パステル画はすべて粉の粒子で、色を重ねてもいつも下の色が生きてくる。また、手で伸ばしているので表面に光沢が出てくる。色味は複雑で単一では無いし、描いている坂口さんの方も、パステルがどう出るか "ほうほう" と楽しんでいる様でもあった。おそらく光沢は狙ったものでは無いし、そういった偶然性は、素材を使っての制作でこそ起こるのかも知れない。

また、アートエジュケーターの臼井隆志さんの "赤ちゃんにとっての造形とはなにか" というnoteで、それは素材の変形プロセスを楽しむ事と書かれていて、例えば噛んで歯形がつく、破れるなどの、素材からのフィードバックを楽しんでいると仰っていたことは、とても腑に落ちて、この南条さんのマテリアルからくる面白さにも、私の中ではつながった。

そうは言ったものの、バーチャルは魅力が無いのかと言ったら、そうではない。iPadで絵を描いてみたが、表現のチョイスの幅に驚いたし、とても面白い。質感に限界があるとはそのように感じるけれど、日々進歩しているのだろう。面白いなと思ったのは、表現に制限が無いと言っても、自分の経験から考え出すので、やっているうちにどこかしら工芸的になった事。バーチャルで素材の特性のフィードバックがかかって、立体を試行錯誤しながら素材なしに作れたら面白いな、などと考えていた。

もう一つ面白かったのは、古典について。

直感的に作っていた、抽象的な、意味を完全には固定できないような作品を、時代が変わっても見ている人が、違う意味をくみ取れるものが古典。いつの時代にも意味がある様に見えた、いつの時代にも美しく見えたもの。

私は聞いていた時、工芸作品を思い浮かべていたが、今ふとヘミングウェイの老人と海が頭に浮かんだ。

私はこのシンプルで美しい物語がとても好きだ。始めに読んだ時、なにか大きな神秘的さに圧倒されたが、でもこれは全部は全く分かっていないんだなという感があったので、間を置いて10年ごとにこの先読み返す事に決めている。

何が言いたいかというと、色あせない普遍的なものは、シンプルで本質的で、それなのにというかそれが故に、いろいろなものを含んでいるのかも知れないなという事だ。

これからのアートはどうなるのかという質問に、南条さんは、パーソナルになるだろうと言っている。小さい部屋で少ない人数。ひとつの体験をデザインするような、この空間に入った時に何を感じるかに価値を置くようなアート。

別の落合さんの対談で、学芸員の長谷川裕子さんが仰っていたが、有名な作家の作品を美術館で見て答え合わせをするような、見たよと言うだけの価値のようなものよりも、見て自分はどう感じたか、何が面白かったのか、深く体験して、自分の人生に積もっていく様なアートの経験の仕方が提案されていけば良いなと思うし、観る側にもそう言った事に価値を見出すような文化が、根付けばよいなと思っている。

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