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もっとゆるーく推し活したい!

※この記事は以前ほかで書いていたブログの記事に少し手を加えたものです。

私にとっての推し活。

それは、SNSの推しの公式アカウントにいいねとかRPとかで反応したり、同じ推しを持つフォロワーさんの投稿を追ったり、SNSで会話したりすることじゃない。

推しの作る作品を、
自分の好きなタイミングで、
観たり聴いたりする。

それが私の推し活。

たとえば、出演するテレビ番組や動画配信すべてをチェックするとか、推しの関わるものすべてにリアルタイムで反応するとか、私には無理。

そりゃできたらいいけど、まず無理。

だって自分の生活のペースを乱したくない。

時間が合えばリアタイしたり見逃し配信観たりするけど、時間が合わないのに無理して観て、自分の生活時間帯をずらしたくない。

たとえ推しのテレビ出演とか動画配信とかがあったとしても、自分が寝る時間だったら迷わず寝る。

私にとっては、自分の生活のペースを守ることがいちばん大事で最優先。

でも世の中には、自分の生活のペースを崩してまで推しを追う人がけっこういる。

本人が楽しいならもちろんそれでいいと思うし、充実してそうでうらやましい。

でもそういう人たちがファンとして偉いわけでもないし、それができない人が気後れしたり、その人たちと自分を比べてモヤモヤしたりする必要もない。

ましてや「愛が足りないのでは?」と批判されたり、マウント取られたりするのはありえない。

SNSで同じ推しを持つ人たちとわいわいやるのも楽しいけど、それが目的になってくるとしんどくなる。

推しの公式アカウントやフォロワーさんの投稿に反応するのは、義務じゃない。

SNSの投稿にいいねとかしなくても、作品がいいなーと思ったら買って、じっくり一人で堪能して。

気が向いたら発信すればいいし、発信せずに一人でのんびり楽しんでもいい。

そんなシンプルなことを忘れかけてた。

そもそもSNSというものが存在しなかった頃は、不特定多数に向けて推しの良さや推しへの愛を発信することもなかった。

この気持ちをインターネットの海に向かって発信したい!
推しの素晴らしさを世間に知ってもらいたい!

という気持ち、私にはあんまりなかったし……。

「推し」という言葉も、まだ生まれてなかったし。

個人のHPやブログはあったけど、私はその頃やってなかったしなー。

SNSの推し専用垢の中にいると、同じ推しを持つフォロワーさんたちの感情とか熱量とか思いとか日常とかに巻き込まれて、推しの情報が埋もれることがある。

そういうとき、「なんでここにいるんだっけ?」ってふと思う。

SNS=推し活ではなく、SNSは推し活の道具、ただのツールのひとつ。

推し専用垢があるから絶対に毎日活用しなくちゃいけない、ということもないし、もっと自由にやっていい。

推し活というと「推しのためなら自分のことは後回し!推しが最優先!」みたいなイメージがある気がするんだけど、もちろんそんなことはなくて。

もっとゆるーく、
もっと自由に、
もっと気ままに。

好きなときに好きなようにやろう。

すぐに他人の推し活に心を乱される私へ、自戒を込めて。


※後日談:最近は推しより自分のことを最優先したい気持ちが勝ちすぎて、ろくにSNSの推し専用垢を見ていません。でも別に困らないし、なんなら楽まである。もうこれでいいかも。ご自愛だいじ。

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