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料理は自分のための快感と言いたい

 作家の坂口恭平さんとスープ作家の有賀さんのトークライブ@cakesに参加した。『cook』と『まとまらない人』を読んで坂口さんの魅力にとりつかれてしまったので、その坂口さんと有賀さんとの対談だなんてどんな内容になるんだろう、全く予想がつかないとワクワクしていた。結果的に普段から感じていた有賀さんのレシピの魅力や、料理というものの面白さについて、たくさんの気づきがあった。

 昔から有賀さんのレシピの魅力は、決して難しいプロセスでも珍しい材料でもないのに、なぜかちょっとテンションの上がる素敵なものが出来上がる、ということだと思っていた。坂口さんが、「鬱の人にハイアットリージェンシーのような高級ホテルのラウンジでブランチを食べてみよう、って提案する」と話されていた時に、私にとっての有賀さんのレシピの魅力とつながった。坂口さん自身も、鬱のときは「かぼちゃの煮物より、ちょっとおしゃれなパスタ」を作るとおっしゃっていた。だってそっちの方が「ちょっと上がる(テンションが)」から。

 これにすごく共感した。かぼちゃの煮物より、「明太子とかバターとか、おまけにレモンかけちゃったパスタ」の方が絶対にテンションが上がる。料理は、作るプロセスと食べる喜びを達成できる日常の中の創造だと思う。だから義務的なものよりも、自分の心が動くものを作るのが本来の料理ではないか。坂口さんも「料理の欲望は速攻で満たせる。高い服買うよりも、セックスよりも」と話されていたが、料理、つまり何かを作るということは、「消費」「消耗」ではなく、「生産」「貯蓄」の概念に近いから、自分が満たされるのではないかと思った。

 とはいえ、料理慣れしていないと、何をどう作っていいかわからない。レシピ本を買ってみても、揃えなければいけない材料(野菜は意外と高いことに気づくし調味料は使いきれるか不安になる)に怯み、安い鍋だと底がすぐに焦げ付くことを知りその鍋が安い理由を知る。一人暮らしの狭いキッチンにはバットなんて気の利いたものはない。バットとまな板を広げる広い調理場もない。そして「料理って難しいんだ・・・」「面倒くさい」と思って「やってみたいのによくわからない」という状態が続いてしまうのが、数年前の私だった(ここで落ち込んで「料理嫌い」になってしまう人もきっと多いだろう)。

 でも有賀さんのレシピに初めて出会ったとき、「出来上がりは自分では思いつかないようななんだか素敵なものなのに、作り方は意外と簡単ではないか」と感激した。そこでもっともっと簡単に、忙しい人向けにレシピを考えていただき作ったのが『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』だった(「もっと簡単にするの!?」と有賀さんが驚かれたこの本の依頼時のエピソードは『文藝春秋2020年3月号』でも読めます)。この本は、完全にターゲットを絞り込んだ。自分と同じように、仕事など料理以外にやりたいことがあるからそこまで料理に時間もお金もかけたくないけど、でも体と心に良いものをパパッと作って食べれたらいいなと思っている人向けだった。

 有賀さんのおかげで、私自身料理をする習慣がついた。今では帰りが遅くても、早く帰って自分で作ったものを食べたほうが楽しいし安らぐからというポジティブな理由で自炊することが当たり前になった。なんとなく感覚がわかってくると、この野菜が安いからこれをメインに、昨日は和風だったから今日はオリーブオイルにして、お豆腐食べたいからこれも入れちゃえ、というように心のままに作るのがとても楽しくなる。楽しめるようになったのは、ある程度有賀さんのレシピのおかげで基本を知ったからだ。

 あともう一つ、料理が嫌なものになってしまっている人は、「毎日義務として料理をしなければいけない人」だと思う。坂口さんも、ノーリアクションの夫に毎日料理を作るのが辛くなってしまった主婦の方からの「いのっちの電話」では、「ノーリアクションの人に合わせて生きなくていい」と言ったそうだ。これについて #cook対談  のハッシュタグをつけてツイートしたら、意外といいねされたのでこれに共感した人が多かったのだろうなと思った。

 何事も、義務になっちゃうと辛くなる。だったら人のためじゃなくて、自分のために作る。自分のために作って楽しかったから、良いものがたくさんできたから、それを周りの人にも分ける、そんな生き方が自然で健康的ではないかと思う。

 有賀さん自身、料理の専門家ではない、普通の主婦だった。でもスープが好きで、最初は息子さんのためだったスープ作りを息子さんが独り立ちした後も毎日毎日続けてSNSで発信していていたら、レシピ本ができたりスープの人としてTVやラジオに出たりいろいろなところでお話ししたりするようになった。

 いつの間にか、今まで聞いたこともなかった「スープ作家」という肩書きがぴったりの存在になられた。大ヒットの『スープ弁当』に続き、このイベントの最後に告知もしていただいた新刊が、有賀さんがスープを作り続けて3000日のスープ記念日、2020年3月12日に発売する。

 タイトルがまた長いので、「3000日スープ」と呼ぶことになった。スープ作りが3000日も続いた有賀さんだからこそ知っている、簡単で作りたくなるレシピの考え方を教えてもらった本だ。義務としてではなく作りたくなるような、そして難しいことができなくて「自分ってダメだなぁ」と感じることもない、そんなテンションが上がってシンプルな作り方の珠玉(この言葉を使っても全く誇張ではないと思っている)のレシピたちが満載だ。

 料理の楽しさ、暮らすこと、生きることの喜びを日常で感じたい全ての人に届くことを祈ります。

最後にとても余談。cook対談が終わってお家に帰ったのが22時半過ぎだったのだけど、美味しい料理の話を聞きすぎて、どうしても自分で何か適当な美味しいものを作って食べたいという「自炊欲」が爆発してしまい、オリーブオイルでキャベツと玉ねぎとひき肉と蒸し煮して、ローズマリーソルトで味付けして、最後にカマンベールを丸ごとぶち込んだ自分が好きなものしか入っていない鍋を作って食べました。こんなに楽しく自炊をできるようになったのは有賀さんのおかげです。本当にありがとうございます。自分で好きなものを適当に作るという「快感」を性別年齢問わず多くの人に知って欲しい・・・!

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