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『春と私の小さな宇宙』 その64

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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雪解けの水の音が裏参道に響き渡る。日が徐々に昇っていき、木々の影が縮んでいく。

「その後、ボクは伊藤に報告を偽った。宮野に見つかったのがばれたら何されるかわからないからね。でも、君はそのことを伊藤に報告した。伊藤から『宮野が君のことを知っている。ハルがそう言っていた』と連絡があった。まさか、君が伊藤とグルだと思わなかったよ」

「それは誤解だわ。一時的に組んでいただけ。この研究が終わったら手を引くつもりだった。事態が変わって予定を早めたけど」

「それこそ滑稽だね。お互いグルだと思っていたんだから。君が宮野の秘密を暴いたことでボクはお払い箱になったよ。それで『メアリーのことだけは口外しないでくれ』って頼み込んだら宮野を殺す手伝いをしろと伊藤に言われた」

「けれど、死んだのは伊藤よね? 裏切って宮野に乗り換えたの?」

「いや、最初は伊藤に協力するつもりだったんだ・・・」

ミハエルは伊藤が立てた宮野殺しの作戦を説明した。ハルは聞いた情報を頭の中で整理する。

作戦は大体、このようなものだった。

・ミハエルが廊下の窓から宮野を見張る。
・宮野が建物に入るのを確認したら、非常階段に待機して身を隠す。
・伊藤と宮野が二人きりで話をする。
・伊藤が『君の後ろにいるのは誰だ』と合図を出す。
・合図でミハエルが扉の前に現れ、宮野の注意を引く。
・後ろから伊藤が毒入りの注射器を宮野に刺す。

「けど、実際には違う行動をボクはとった。別の人間の意思を感じたから」

「別の人間?」

ミハエルは目の前の女性を見た。
あの夜、宮野が建物に入ったところを確認したミハエルは、作戦通り非常階段で待機した。その時、ある違和感を覚えた。階段を見ると階下は雪が積もっているにも関わらず、
上段付近だけ積もっていなかった。上を見上げると屋根は無い。階段に触れるとそのあたりだけ不自然に凍っていた。水でもかけなければ有り得ないことだった。それを行ったのは誰か、ミハエルはすぐに直感した。

「君だよ、ハル。あれは宮野を殺し損ねた時の保険だと思っていたけど」

ハルは自分が非常階段に水をかけた時の記憶を引き出した。外はよく冷えており、一時間も経たず凍りそうだった。

「生き残った方を殺す為に仕掛けたんだね?」

「・・・理想は伊藤が宮野を殺して、非常階段から転倒するのが一番良かったのだけれど、うまくいかないものね」

「確かに伊藤の体型なら間違いなく死ぬね。体重の軽い宮野だからかろうじて死なずに済んだみたいだ」

その後、ハルに真意に気付いたミハエルは作戦を変更した。このままでは、伊藤が違う階段を使う可能性がある。ミハエルはハルの作戦に便乗することにした。

ハルの仕掛けを確実に発動させるため、伊藤の合図を無視しようと決める。第三者を装い、部屋を出てきた伊藤を非常階段へ追い込むつもりだった。

この機会を失えば、延々に、伊藤の道具になってしまう。ミハエルの追いつめられてい
た精神はハルの思惑と一致した。

すぐに非常階段から廊下へ戻り、伊藤に悟られぬよう、となりの準備室に入った。鍵は、かかっていなかった。予想通りだった。ハルがやったのならあの身体で水の入った容器を下から運ぶのは大変だ。

ならば三階のどこかに水を汲む場所があるはず。推測は当たっていた。準備室の中には流し台があり、その横にある青いバケツにはわずかに水滴がついていた。

扉を閉じた直後、中階段から宮野が現れた。その後、教授室で言い争う声が聞こえた。内容まではわからなかった。声が静まるのを確認し、ミハエルはわざと足音を大きく立てて教授室に向かった。

殺害後の心境なら、必ず伊藤は焦って出てくるはずだった。

「だけど、出てきたのは・・・」

どうやら作戦通り注意を引かなかったことで、伊藤は宮野に返り討ちに遭ってしまった
ようだった。ミハエルはそうとも知らずにその人物を脅した。

『誰かいるのか!』

慌てたその人物は部屋を飛び出し、目論見通り非常階段の方に身体を向けた。廊下は薄暗く、部屋を出た人物を明確に視認できなかった。

伊藤だと思い込んでいた。そしてミハエルは最後の一押しに『待ちなさい!』と叫んだ。

その約一秒後、その人物は悲鳴をあげて階段から転がり落ちた……。


続く…


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