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契約書にAIを


契約書はお仕事に必須。だけどきちんとした契約書は作成するのも読むのも大変。この契約書がどれだけ大事か、とくに創作に関連してちょっと考えをまとめます。

はじめに

創作のお仕事ほど契約書が大事な仕事もそうそうないと思います。どんな仕事でも、「受注」すれば契約が発生し、契約書が作られる”ハズ”です。しかし、創作者は往々にして発注者から軽んじられます。本稿ではおもに、「受注者と発注者の契約」について述べています。

創作によって作られる著作物、特に最近増えているデジタル著作物には際立った特徴があります。それは、コピー容易で盗作も容易である点です。いわゆる知的財産にあたる著作物は、作り出されるまではこの世に存在せず、生み出すのが大変な反面、一旦生み出されるとコピー容易な点が長所でもあり短所でもあります。

これが焼き物のようなモノであれば、著作物ほどには軽んじられることもないでしょう。量産も大変だからです。客の注文を満たすだけの数を納品してもらうには、継続して仕事をしてもらう必要があります。

ところが、例えばソシャゲのキャラクターイラストであれば一旦納品されれば素人であっても複製可能です。しかも実質0円で。たとえば500万ダウンロードされたソシャゲで、計算上500万人に行き渡らせるためにも、もはやイラストレーターの力は必要ありません。

悪い言い方をすれば、デジタル著作物の創作はもっとも使い捨てにされやすい、という表現ができるでしょう。

だからこそ、仕事を受注した暁には、必ず契約書を取り交わす必要があります。そして契約書の内容は十分に具体的で網羅的である必要があります。創作者であっても常に被害者とは限りません。創作者側が意図的に契約を反故にすることも。もっとも不幸なのは、契約書の記載が不十分なためにグレーゾーンが生まれ、発注側受注側双方の見解が対立し、泥沼化してしまう事例です(ひこにゃん事件など)。

契約書の矛盾

契約の公平性、社会的正当性、遵法性を保ちつつ、後に争いが起こらないためには、可能な限りあらかじめ契約書に詳しく記述し、受注者と発注者の同意を得ておくことが望ましい。しかし、実はこれは大変な矛盾を生みます。実際に契約書を見てみればわかるのですが、契約書というのは短くてもなかなか読みづらいものです。それに加えて、「詳しい記述」があると契約書の内容は膨大になります。特に、知的財産権の該当範囲である「特許、実用新案、種苗、意匠、著作物、商標」は、使用権を設定したり、使用権に伴う「ロイヤルティ」の設定をしたり色々な記述が増えることで、悪夢のように膨大な契約書を交わす必要が出てきます。でも、これがないと、

・キャラクターを新たな商品に使用するとき、原作者に使用料を払うのか
・使用料は「売り上げ」換算なのか「品数」換算なのか
・使用料の支払いはいつか
・キャラクターをどの程度改変してよいか
・契約の履行においてどちらかに不手際があった場合の措置
・契約履行の努力義務について   etc.

など後々問題になります。

一方で、膨大な契約書はそもそも読みきるのが困難なため、特に専任の弁護士や弁理士をもたないクリエイター側は読み落とし、理解の間違いが起こりがちです。不利な契約があっても、結局気付けないかもしれません。つまり、きちんとした契約を行おうとすると、

正確公正な契約書は長くなりがちで、長大な契約書は勘違いや不正の元になりやすい

という自己矛盾をはらむことになるのです。

電子契約書とテンプレート化の提案

契約書を正確詳細・長大でも読めるようにするには、ふたつの道を提案できます。

・契約書を電子契約書としてテンプレート化し、テンプレートと違う部分を差分表示する
・電子契約書として、契約時に契約者が設定したAIに読ませ、問題点を指摘させる

順に解説します。なお、AIによる読み込みは現時点では技術的には可能ですが、信頼性にはまだ難がありそうです。

電子契約書のイメージ

電子契約書のテンプレートは通常の契約書と同様の書式として準備します。日本においてどれくらいの契約があるのか調査したことはありませんが、僕のデスクにあるこの本

https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%91%E7%B4%84%E6%9B%B8%E5%BC%8F%E3%81%AE%E4%BD%9C%E6%88%90%E5%85%A8%E9%9B%86/dp/442612042X/

のタイトルから察するに、389種類のテンプレートがあれば、日本における契約を概ね網羅できそうです。

この本を参考に、出版契約のテンプレートを利用した場合にどんな感じになるか、簡単に作ってみました。シチュエーションとしては、様々な来客(犬や猫や不審者)にいろいろと気を使い、時には気が滅入ってしまいながらも形見の包丁を武器に心を燃やして料理に邁進していく料理人を描いた「気滅の包丁」を、原作者として手塚治蟲氏が出版契約を結ぶものです。

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テンプレート名は「多人数参加著作物出版契約タイプ2」です。先頭部にテンプレートとの差異が赤文字で表示されるので、テンプレートを普段使っているならば、ここだけ見れば後は普段どおりの契約、というわけです。また、テンプレートはある程度公正に作られているはずなので、極端に不利になる可能性があるのはこの差異部分というわけです。

こういう契約を、

マイナンバーを利用して簡素・確実に行えるとなおいいな、と思うわけです。こんな感じで。

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イラストレーターやっている人なんかは、一度に複数案件もつ人もいますし、一々契約書を紙でもらっても管理しきれないでしょうし、そもそも裁判になったときに契約書をなくしていたら大事です。電子的に改竄不能な形で契約書を個別管理できていれば良いなあ、と思うわけです。

こういう形だともうふたつメリットが考えられます。契約書がきちんとテンプレート化されていれば、

・通常の契約はどんな契約なのか一般に周知できる(ブラック契約の排除)
・裁判になったとき、契約書の内容吟味が楽になる→裁判の簡易化

といったことも期待できるかと思います。

AIによる読み取り

記事名にもしましたが、僕個人はこれはかなりの鬼門であると思っています。人工知能研究に革命が起きないと難しいと思いますが、それでも登場は望まれていると思いますので言及します。

AIを利用するメリットは、なんといっても応用範囲と利便性の高さです。クリエイターなど芸術系に特化している人は結構な確率で書類嫌いです。先のテンプレートだって嫌がるでしょう。AIがまるで秘書のようにチェックしてくれるならこれに勝る利便性はないと思います。

一方で、デメリットは「誤読の排除が難しい」というものです。そもそも自然言語の文章はかなりの曖昧さを含んでいるので、「正確な解釈」が複数ある場合が多々あります。解釈が複数ありうること、文脈的にあいまいな部分があることを指摘するためには、「人工知能が文章をきちんと理解する」必要があります。これが激ムズでして、今のところ天下のGoogleですら成功していません。そもそも現状主流の文章読解は「ビッグデータによる深層学習で、統計を利用して意味を読み取る」もの。この方法は、「意味解釈の根拠を人間がわかる形で示しにくい(大量の統計データが根拠なので)」「大量のデータがあることが前提なので、前例のない文章では解釈を誤りやすい」という問題点が知られています。これらを乗り越えなければ、本格運用は難しいでしょう。

使えそうなAI技術

特許庁の特許検索プラットフォームj-platpatで、「文章 意味 理解」をキーワードとして検索すると現在107件のヒットがあります。中身を読んでみると、教材としての登録であまり関係ないものもありますが、それでもなかなか革新的なものもありそうです。

なお、「特開」とあるのは、特許としては成立していないものです(消極的な不成立を含む)。発明として認められなかったものだけではなく、「お金を払ってまで特許登録しなかった」ものも含みます。もしかしたらこっそり実用化しているのかもしれません。

特開2019-179394
【発明の名称】情報提示システム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-179394/CF7BF88684493DBDA76EDA6AF95EA2CB252CD8299049C2AB402C875F7FB01D92/11/ja

これは株式会社NTTドコモの申請です。「翻訳された文の意味を適切に補足する情報提示システムを提供する」というもので、複数候補の翻訳単語を絞り込む技術のようです。

特開2019-121367
【発明の名称】文章を理解し、処理するためのデータ処理システム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-121367/EC9BB93991245BDFE55DF9A3B6F2302ADCFAFE2EA0676299B91040A0AFB8DB32/11/ja

こちらは比較的珍しい個人の申請ですね。「文章や会話の意味そのものを記述する意味言語を定義し、文章を理解することを実際の手続きとして定義、実装した」というもので、本当ならすごいのですが、かなり長大(70P!)なので、全容を把握しかねています。ただ、フローチャートや実例や図が多いのでなんだかできそうな気も?詳しい方、何かわかったらコメントお願いします。

特開2021-036423
【発明の名称】情報処理装置
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-036423/F514F7C48E3007E6A809AC612F74294C2517409BA46C40C25B9F08219CD96268/11/ja

こちらは株式会社HIROTSUバイオサイエンスの申請。「ユーザにより入力された文章を、当該ユーザが容易に理解可能な文章に変換することができるシステム」というもので、AIによる文章意味理解の一技術としては役に立ちそうです。

特開2017-208054
【発明の名称】概念を組合せて情報および手順を検索し自律的に問題を処理する人工知能装置
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-208054/2FB7945927845C5DF6F62224BB40CAC689D42094E490B5CD2DBF288F50EE8D26/11/ja

こちらはまた珍しい個人の申請ですね。「人工知能技術において、機能、性能、自律化を向上する過程で機械が暴走しないということを保証する」というものです。これは請求項がとても長いのですが、どうも学習時に適切な単語の扱いを励起という形で計算し、時に人間が介入して適切な人工知能にしていく、という感じのようです。実現可能性についてはわかりませんが、契約書のような機能限定分野ではとてもよさそうな印象です。

また面白いものがあったら追記します。読者の方で、いいものがあれば教えてください、追記します。ではまた。


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