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#小説
さよならロケット [short story]
私が生まれた年――。
何も無かったこの町に、ある時、宇宙がやって来た。
3歳か4歳、それ位だったと思う。私が思い出せる最初の記憶だ。雲一つない空の下、大勢の人でごった返す中、私は……。父の大きな背中に肩車されながら、ぴかぴかと光る新築のロケット発射台を見上げていた。
海風が吹き付ける断崖絶壁に立てられた、高さ50メートルに及ぶ途方もない建築物は、カガクもウチュウも判らない幼い私に、どうし
ロボットくんの調査(ちょうさ)[short story]
鉄製の扉が半開きになっている。
そこで僕は、自慢のアームでそれをゆっくりと押した。
扉の先にもまだ道は続いている。剥き出しのまま天井を這うパイプ。鉄の色で染められた殺風景な通路。その狭い中をぐいぐいと進んでゆく。
途中で障害物があった。転がったままのスパナ。僕はそれを、自慢の小型キャタピラーでゆうゆうと超えてゆく。
さらに進んでゆく僕。また道は曲がっていて、その先には階段があった。また
二匹の猫 [short story]
ここ、インド・ムンバイの港町には、今日も数多くの船が繋留され、波とともにかすかに帆の先を上下させている。
昼過ぎだからか、既に多くの漁師は海から戻って来ていて、そのてらてらに焼けた肌を露出させながら、港のそこかしこで休んだり、数ルピーしか行き来しないしょっぱい賭博に打ち込んだり、あるいは次の仕事に移動しようとしている。
それらの中のひとつ。漁船……と呼ぶにはあまりにも寂しいが、その「ボート
老鷲 [short story]
空が淡く染まり始める前に眼が覚めた。天井がまだ暗い。
少し長く息を吐いてから、頭を枕に擦り付ける。まだ夢から投げ出されたばかりだ。
そのまま頭を横に傾ける。窓から見える山の向こう側の空には、少しづつ淡い暖色が混ざりつつあった。晴天だ。
突然心臓が高鳴る。
体調から来た動悸ではない。特に大きな病気をすることも無く、今日まで淡々と生きてきた。
母が死に、一人でこの
真夏のサンタクロース [short story]
一面に向日葵が咲いている。夏の風が黄色い平原を駆け抜ける。8月。遠く遠くまで続く、その美しい風景に寄り添うように、常夏の海のような青空が広がっていた。入道雲が時折、この向日葵畑に塊のような影をおとし、そしてまた流れるように消える。
そんな大平原をそっとナイフで傷つけたように、一本の黒い道路が敷かれていて、そのある地点では――樹齢何百年であろうか――荘厳な大樹が向日葵畑の真ん中にどっしりと根を
橋の上のデン子ちゃん [short story]
人気(ひとけ)の無い山。岩肌にへばりつく小さなダム。その上に架かる高い高い鉄橋――。
いずれも特に珍しいものではなく、普段は地図上の印でしかないただの点なのだけれど、そんな場所へわざわざやって来たスーツ姿の若い男は――橋の手前にある深い茂みの中に車を止め、表に何やら"遺書"などと書かれた真新しい茶封筒をひとつ車内に残し、まるで悟りきったような顔立ちで、橋に向かって静かに歩き始めた。
もう一
See you, soon [short story]
抜けるような秋空だ。
屋上に干された無数の白いシーツが風で静かに揺れている。木枯らしが俺の耳の側を通りすぎた。そのまま、眼下に広がる穏やかな町並みを眺める。風上からかすかに、踏み切りの音が聴こえていた。
普段は風に吹き散らされるだけの、殺風景な市民病院の屋上。フェンスに寄りかかったまま、俺は町並みから目を逸らし、ゆっくりと目蓋を閉じた。
どれぐらい経ったのだろう。夕方、もうすぐ日が沈もうと
横浜アリーナ/supernova [short story]
【あらすじ】新横浜駅で久々に再会した兄と妹は、これから横浜アリーナへミュージシャンのライブを観に行く。ところが、兄が友人として連れてきたのは――。
天文学者への道を進む兄と、その兄を天文学へ引きずり込んだ妹。ふたりの距離は、まるで遠い星の天文現象のように、ライブ開演前までの短時間で静かに揺れ動いてゆく。
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蜂起 [short story]
とある遠い遠い国の、人里離れた山奥に、まったく馬鹿げているほど巨大な工場が建っていた。中には何千人もの、何万人もの従業員がひっきりなしに働いている。大小様々な無数のパイプが天井を這い、延々と続く長い長いベルトコンベアーが折り重なって広い敷地を埋め尽くしている。納期を控え、従業員たちは多忙を極めていた。
流れてくる不良品を手早く選り分けながら、従業員の一人が隣の者にこう呟いた。
「なぁ、日
バッテリー [short story]
正午を回り、照り付ける光はますます激しさを増して男の背中に突き刺さる。三十代前半だろうか、ワイシャツのボタンを三つも四つも空けて、男はコンクリートの道路の上をよろよろと歩いていた。
この暑さで男の車のバッテリーがオーバーヒートしてしまい、止む終えず、車から3キロも離れたスタンドへと急いでいたのである。灼熱の中、男は無防備なほどの軽装で――この砂漠の、ど真ん中を、一本の直線道路を挟んでどこまで
渋谷 1225 [short story]
道玄坂のガストは満席で入れなかった。二人はそのまま渋谷駅の方に向かって下り始める。12月25日、午前3時。寒々とした夜だった。計画性というものに乏しいふたりにとって、普段のコースで一泊するにはあまりにも混雑した夜で、ふたりはこの深夜過ぎの渋谷の路上にはじき出されてしまっていた。
道々の過剰な装飾が、彼女をさらに苛立たせる。
「クリスマスなんて、嫌いだよ」
「何、いい思い出無いの?」
「
ぐりうむ達のクリスマス [short story]
『“サンタハラボジ”はうちにも来るの?』
まだ幼い日に、膝の間から見上げたあのオンマの顔を、ミンホは今でも忘れられない。
12月24日。ミンホにとって11回目のクリスマス・イブは、決して楽しいものではなかった。オンマは長らく患っていた持病が悪化し、この夏からずっと市のクリニックに入院したままだった。それからミンホは、アッパとふたりでこのマンションに暮らしている。アッパはミンホをよく気遣っ
神の審判 [short story]
A市市内、夜の繁華街。
その少女は、人が最も多く行き交う、一番街の真ん中に建つビルの階段を登っていた。この非常用階段が、ふだん使われていないことは良くわかる。ネオンのほのかな明かりに照らされている、大量に置かれたダンボールには、厚く埃が積もっていた。
少女はすでに、この屋上まで続く階段の最後の扉が、常に開いていることを知っている。一度下見に来ているのだ。
なぜ少女は、夜、多くの人々