毛糸の帽子
かぼそい声で、つい出てしまった。
「おかあさん、 わすれないで」
まるでダンスのように両手をつないでゆっくりと
足をふみだしながらおかあさんの額の上で
ついと。
おかあさんは忘れないわよぅと
おっしゃってくれた。
おかあさんと部屋を何べんもあるいた。
立ち上がるとき 腰掛けるとき 別な部屋に行くとき
時には抱きしめて
わずか3日間だけ。
パートナーから12年前に紹介され
はじめてお目にかかったときから
ずっと前から知っていたかのように
やさしくしてくださった。
おなじ干支だねと言っては笑い
餡子の好みで盛りあがり
七輪でこしらえていただいた黒豆に舌鼓して
お庭いっぱいに実をつける柚子と金柑をふたりで仰いだ
鍵針を貸しあったり
記念日ごとに 編んだ帽子が
月日が経つごとにお手もとにふえてゆき
気がついたらヘアカットをするようになり
家事を手伝うようになった。
あの日 発熱に気づき
かかりつけに急いだ日から半年
入院から退院
そして施設へゆくまでの間お家で過ごした3日間
パートナーのおかあさんという繋がり
縁てふしぎなものだと思う。
いつか自分にも
やってくる介される日々がある
ふと思う。
かぞえきれないほどペンを走らせ貼り付けた
持ち物の名前書き
お手洗いのために海苔の蓋を孫の手でカンカン叩いて
傍らで眠る私をおこして 笑いころげた夜更けを。
おとうさんからのラブレターや
頂いた指輪をいっぱい
てのひらをかざしていた横顔
度々に その都度にこれからもきっと思いだす。
会いに来ても良いですよってお許しが出るまで
でんわをかけたり
ときどき こっそりと
あたらしい暮らしのお部屋の
窓の向かいの桜の木の下に立って手をふろうか
ふんわり帽子を編んでたずさえてゆこう
巡る季節にあわせて