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何者かにならなければいけない、と言う幻想

自然に目が覚めて、読書をしながら朝風呂。スマホでアルバイトさんに今日やってほしいことを連絡しながら、私用事を済ませて、静かにランチ、午後、仕事の打合せへ。帰りに気に入った服とパジャマを買って帰宅。そんなある一日は言葉にするととても優雅な過ごし方だ。

30代になり、ずっと何かに焦っていた。ふと、立ち止まり考える事ができたここ数日、「自分らしくいればいい」と言う当たり前のことに気がついた。とにかく、他人と比べて疲弊する日々だった。

午後の打合せには、コピーライター、デザイナー、webマーケター等々の様々な業種の人がいた。ふとした事から、余談で今の自分たちの仕事の話になった。
webマーケターの方は、7つの所属先があるとのこと。自分の会社や出資して役員だったり、大学の講師もしてるそう。コピーライターの方は元々システムエンジニアからの転職。デザイナーの方はデザイン一本で現在に至る。それぞれ、現状に満足する部分はありつつ、なりたい自分を模索していた。

私はずっと「ロールモデル」を探していた。今の仕事へは30歳で転職した。ざっくり言えば自営業。それまではサラリーマンで、メインよりもスーパーサブ的な立ち位置での仕事だった。就職して7年半で次の道へ進んだ。仕事が嫌になったと言うより、サブからメインに変わりたいと思っての転職だった。

自分がサポート側にいた時、日々悩みながら進む人たちへ、たくさん提案をした。選ぶのはその人自身。時にはなにもやらない、と言う選択肢を取る人もいた。懸命に考えた提案をなに一つ聞いてもらえなかった時の挫折感と悔しさ。

今思えば至極当たり前のこと。責任はその人自身が取るから、なにをするのも自由。上がるのも、下がるのもその人次第。他人に意見されて決めたことなんて、全く面白くない。やる気も出ない。

なぜ、今、私はこんなに他人の期待に応えようとしていたんだろう。サブからメインになりたいと歩み出した自分に「ロールモデル」なんてそもそも存在しなかった。だから、自分がその都度選んでいったことが、道になる、そんなことを今は思っている。

そんな当たり前のことにやっと気がついた。

何者かにならなければいけない、ではなく、自分の個性を最大限発揮して自分が歩みたい道を選び、何者でもない「自分」になればいいんだ。

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